武満徹作曲賞

2014年度 武満徹作曲賞 ファイナリスト決定(審査員:ペーテル・エトヴェシュ)

2013.12.06

1997年に始まったオーケストラ作品の作曲コンクール「武満徹作曲賞」は、毎年ただ1人の作曲家が審査にあたります。
16回目(2005年と2006年は休止)となる2014年度(2013年9月30日受付締切)は、117曲の応募作から、規定に合致した、31ヶ国108作品が正式受理されました。そして2013年10月中旬〜11月下旬にかけて2014年度審査員のペーテル・エトヴェシュによる譜面審査の結果、下記4名がファイナリストに選ばれました。

国籍別応募状況(PDF/238KB)

2014年度審査員 ペーテル・エトヴェシュ(ハンガリー) Peter Eötvös (Hungary)
© Wilfried Hoesl

この4名の作品は2014年5月25日[日]の本選演奏会にて上演され、受賞作が決定されます。
なお、譜面審査に際しては、作曲者名等の情報は伏せ、作品タイトルのみ記載されたスコアを使用しました。

ファイナリスト(エントリー順)

シラセート・パントゥラアンポーン(タイ) Siraseth Pantura-umporn

[作品名]

覚醒 / 寂静

AWAKENING / SERENITY

1982年11月3日、タイのバンコク生まれ。15歳より作曲を独学で始め、タイのチュラーロンコーン大学音楽学部にて、ナロンリット・タンマブトラ教授とウィラチャート・プレマノン教授に師事。2002年、第23回入野賞(オーケストラ部門)を受賞、2004〜2006年、タイ・ヤング・アーティスト賞を3年連続受賞した。2006年、タイ国際作曲コンクール(サクソフォン部門)にノミネートされた。作品は、タイ、カンボジア、ミャンマー、シンガポール、フィリピン、香港、日本、韓国、インドネシア、ヨーロッパ、アメリカの各国で、新日本フィルハーモニー交響楽団、イタリア国際管弦楽団、アンサンブル東風、アンサンブルTIMF、ルクセンブルク・シンフォニエッタなど様々な団体によって演奏されている。

ティモ・ルートカンプ(ドイツ) Timo Ruttkamp

[作品名]

ブラック・ボックス

BLACK BOXES für drei Orchestergruppen

1980年7月5日、ドイツのハーゲン生まれ。ケルン音楽大学にてヨーク・ヘラーとハンス・ウルリヒ・フンペルトに、パリ国立高等音楽院にてフレデリック・デュリユーに師事、さらにモントリオールのマギル大学で学んだ。2008年、ベルント・アロイス・ツィンマーマン賞(ケルン)、2010年、ドイツ音楽コンクール作曲部門第1位(ボン)、2011年、ドイツ政府より6か月の奨学金を受けてパリ国際芸術都市(シテデザール)に滞在。2013年、ユン・イサン国際作曲賞ファイナリスト。
http://www.timoruttkamp.de/

© WDR

大胡 恵(日本) Kei Daigo

[作品名]

北之椿 ─ 親和性によるグラデイション第2番 ─

THE NORTHERN CAMELLIA - GRADATION OF SOUNDING AMITY No.2 -

1979年7月17日、埼玉県生まれ、千葉県白井市育ち。2005年、東京藝術大学音楽学部卒業。在学中、作曲を野田暉行に師事。2008年、《接尾辞エスによる協奏曲》で日本交響楽振興財団奨励賞を受賞。2009年、《親和性によるグラデイション》で全日本吹奏楽連盟作曲コンクール第2位。同年、《お早うコンプレックス》で日本音楽コンクール作曲部門第2位。2013年、《親和性によるグラデイション第4番》で芥川作曲賞ノミネート。

ジョヴァンニ・ダリオ・マンジーニ(イタリア) Giovanni Dario Manzini

[作品名]

かくて海は再び我らを封じた

Until the sea above us closed again

1978年12月7日、イタリアのフィレンツェ生まれ。2007年、ロンドンにてティム・リチャーズからジャズハーモニーとピアノの即興演奏を学んだ。2008年、和声と管弦楽法を独学で学び始め、2010年、フィレンツェのフィエーゾレ音楽院の作曲コースに入学、アンドレア・ポルテラに師事した。振付家のヴィルジリオ・シエニをはじめ、アンサンブル・ノヴァ・コントラプント(フィレンツェ)、ミラノ・イ・ポメリッジョ・ムジカーリ管弦楽団(ミラノ)、ア・カペラ・ボアズィチ(イスタンブール)、スウェーデン映画協会(ストックホルム)、環境保護団体のグリーンピースなど、様々な個人や音楽団体、機関などのために作曲している。

「2014年度武満徹作曲賞 譜面審査を終えて」  審査員:ペーテル・エトヴェシュ

【総評】

私は数十年間、多くの作品を深く読み、選択をしてきました。しかし108冊ものスコアを受け取ったのは初めてです。そしてその中から世界中のコンサートの場において演奏されるにふさわしいレパートリーを4曲、一人で選ばなくてはなりませんでした。

審査は私にとってとても大変な作業でしたが、一人だけで行うことそのものは決して難しいものではありませんでした。若い世代の音楽的な思考傾向に強い興味を持っている私にとっては、譜面を読むのは楽しい作業だったのです。
出自が明確な作品、つまり考え方が確立されているような楽派の出身であることが容易に推察できる作品に私は価値を見出しません。一般的に、作品の外観や楽譜の形状から作曲家がこのような模倣者であるか否かはわかります。

私は指揮者としての立場から、カリスマ性に欠ける作品は聴衆を感動させたり、聴衆とつながりを築いたりすることはできないと、知っています。作曲家と聴衆との間には対話が構築されなくてはなりません。そしてオーケストラにとっては、作曲家と音楽家との間に新たな考え方やテクニックが内包された共通の言語が発達することが大変重要となります。新しい作品には、真の発見や、音楽家同様に聴衆にも驚きが求められるのです。音楽的なメッセージの独創性、明確に認識できる文化的なルーツ、明解で正確な記譜、これらが応募された譜面の評価を行うにあたっての基準事項となりました。

審査には6週間かかりました。108冊すべての譜面を読み、その中からちょうど半分にあたる54の作品が次の段階へと進みました。私の脳がこれらの作品を“精査”するにはさらに2週間の時間が必要でした。2度目の審査の結果、18作品(ちょうど3分の1)が残りました。その中で7つは私のお気に入りで、11作品は候補でした。
そして最終的な決断は、まさに最後の日に下しました。
「今コンサートホールに座っている私のためにオーケストラに演奏してもらいたいのは、次の4つの作品です。」と自らに語りかけたのです。

【本選演奏会選出作品について】(エントリー順)

■ 覚醒 / 寂静

外国でその国の言葉が話せなくてもすべてが理解できたような感覚を味わうことがあります。私はこのスコアを読みながら、それと同じような感覚を味わいました。この作品においては全てが明瞭かつ明白です。これは一度聞いただけで強く印象に残る作品であり、ユニークで類を見ない、とても建設的な作品なのです。
作曲家は強烈でコントラストのはっきりした色彩を用いています。グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チューブラー・ベル、ハープ、ピアノ、そしてきらめくような音色のウィンド・チャイムなどが際立つ楽器群はおそらく“寂静”を表し、これらと対峙する管・弦楽器はいわゆる“覚醒(気づき)”をもたらすべく用いられています。それらがそれぞれその働きを果たしたときに、私たちは静寂平穏な日々と活力あふれる日々を期待できるでしょう。

■ ブラック・ボックス

作曲家がドイツ音楽の伝統の流れを汲んでいることはすぐにわかりました。3つの楽器グループのために書かれたこの作品のモデルは、シュトックハウゼンが1957年に作曲した3つの異なるオーケストラのための《Gruppen》(グルッペン)であることは明白でしょう。
しかしそれはあくまでモデルとなっただけで《ブラック・ボックス》は決して模倣ではありません。
シュトックハウゼンが多声音楽に興味を持ち、3つのオーケストラの独立した個々の命を、あたかも宇宙の中の3つの異なる国のように認知した一方で、《ブラック・ボックス》では、驚くほどコンパクトでエネルギッシュな素材を1つの枠組み、1つの大きなステレオ・サウンドに組み込んだのです。
この作品が選ばれた4つの譜面の中で最も伝統的な作品であることに疑いの余地はありません。オーケストラ全体を絶えず用いることでもたらされる非常に明解で様式にのっとった構成、ダイナミズム、気迫、そして澄んだ音色は、この作品をもしもバルコニー席の最前列中央で聞いたらさぞや楽しいものであろうと思わせてくれます。
日本での初演を通して、他のオーケストラがこの作品を演奏したいと興味を持ってくれることを望むものです。

■ 北之椿 ─ 親和性によるグラデイション第2番 ─

私は時間をかけ、詳細に何度も、何度もこの作品を読み返しました。ときに美術館で絵画をじっくりと見るように、この作品を吟味したのです。部屋に一枚だけ展示されている絵と一人きりで向き合うかのようでした。私は絵の前に長いこと立ち、まず全体をよく検討し、それから細かな部分に目を向け、また全体を見る、といった行為を繰り返しながら時間を過ごしました。
作曲家は音に対する造詣が深く、音を外から聴くのではなくて、音楽の中にある音を聴いています。ここで彼は印象派を思わせる特殊なテクニックを用いています。それは画家が線ではなく点を重ねて描くように、絶えず音を繰り返して表現しているのです。この手法を通して、音は地から宙へと舞い上がっていきます。その音色はより軽やかになり、点から成り立っているので、まるで雪片のように容易かつ軽やかに混ざり合い、溶け合っていきます。このように繰り返される音を演奏するにあたっては、演奏者のためにいたってシンプルで分かりやすい表記法を作曲家は取っています。
私自身、この作品が実際に演奏されるのを大変楽しみにしています。

■ かくて海は再び我らを封じた

世の中には音楽へ変換するには適当でないテーマが存在します。ここではまさにその反対の現象が起きました。主題の選択と音楽の純化こそが、この抑制の効いた繊細な作品を他の作品から抜きんでた存在にしています。この作品はあたかも囁くように朗誦される3つの詩のようであり、ダンテの精神を呼び覚まします。一瞬、それが手に取れるかと思った瞬間、消滅してしまうのです。
この作品は中編成のオーケストラのために書かれており、比較的短く、コンサートホールに適した作品です。しかしこの作品を一人家でCDを通して聴くことを想像してみてください。作品への深い洞察は、さらなるディテールに気づかせてくれることでしょう。

【謝辞】

108人の作曲家全員に心からの感謝を述べたく思います。彼らは、世界における現代の音楽思考、および音楽傾向に対して深く検証し、考察する機会を私に与えてくれました。それぞれの作品の多様な性格にもかかわらず、全体的には明晰で、前向きなものでした。

準備段階より常に正確な情報を提供してくださったコンクール主催者の方々の誠実な対応にも感謝申し上げます。

5月に東京で皆様とお目にかかるのを心より楽しみにしております。

2013年11月30日
ペーテル・エトヴェシュ
(訳:久野理恵子)

◎本選演奏会情報

2014年5月25日[日]15:00
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

コンポージアム2014
2014年度武満徹作曲賞本選演奏会

審査員:ペーテル・エトヴェシュ
指揮:杉山洋一
東京フィルハーモニー交響楽団

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