イントロダクション
Introduction

1956年にチリのサンティアゴに生まれたアルフレド・ジャーは、建築と映像制作を学んだのち1982年に渡米、以後ニューヨークを拠点として国際的に活躍する作家です。1980年代にニューヨークの都市空間へ介入する作品《Rushes》(1986)や《アメリカのためのロゴ》(1987)によって注目を集め、1986年のヴェネチア・ビエンナーレ、1987年のドクメンタ両方に招待された初のラテンアメリカ出身の作家となりました。以降、現在にいたるまで、社会の不均衡や世界各地で起きる地政学的な出来事に対する繊細な視点と真摯な調査にもとづく作品で知られています。その作品は写真、映像、建築的なスケールの立体作品と多様なメディアにわたり、身体的体験をともなうインスタレーションが特徴です。
誰かを糾弾するのではなく、世界を検証する詩的なモデルをつくり出す ─ ジャーの制作に通底するこの態度は、戦禍や不平等といった悲劇をはじめ、日常の諸問題に直面する私たちに、静かに、力強く訴えかけます。善悪は単純に決められるものではなく、ときに反転することがあること、遠く離れた国の惨事にも私たちが関わっている可能性があること。異なる価値観をもつ他者の存在を否定せず、それでも幸せになるために、一人一人がよく見て、考えることをうながします。
こうしたジャーの姿勢と作品は高く評価され、重要な賞を多数受賞しています。2018年に「美術の分野で人類の平和に貢献した作家」を顕彰するヒロシマ賞の第11回目の受賞者となり、2023年には広島市現代美術館で受賞記念展が開催されました。
本展では、広島の展覧会で依嘱された大型の作品をはじめ、1970年代の初期作品からジャーの作家活動を代表する作品、そして本展のために制作する新作が出品されます。なぜ世界の諸問題を題材とした作品を作家はつくり続けているのか。その作品を観て私たちはなにを感じ、考えるのか。作家が半生を振り返りながら構成した本展は、私たち一人一人が世界と自身、そしてアートの力と向き合う機会となるでしょう。

《今は火だ》
1988
©Alfredo Jaar