展示構成
Exhibition
A
アルフレド・ジャーは、キャリアの初期から社会問題にまなざした作品を制作し続けてきました。東京の美術館で初の個展となる今回、準備のごく初期から作家と美術館で対話を続けてきました。作家はなぜ、誰かの不幸や世界の諍いを題材に選び、作品にするのか。それによって、なにをしたいのか。なにを望むのか。
そして次のような願いが導かれました。遠い国の災禍は他者の物語に見えかねない。しかし、私たちはそれらと無関係であるはずはなく、日常のさまざまな選択を通じて私たちは「当事者」であることを、展覧会を見終わった後に感じられるものにできないか。
展示の冒頭は、作家自身の半生を振り返りながら、キャリアの初期の作品で構成されました。南アメリカのチリに生まれ、1973年9月11日のクーデターによって成立した独裁政権を逃れてアメリカ合衆国に移り住むことになった若きジャーの足跡をたどりながら、社会の諸問題へのまなざしが育まれた過程を展示します。
B
ブラジル北東部のセーラ・ペラーダは、1970年代末に金が発見されたことを機に、80年代に露天採掘を行う大規模な金鉱となりました。ジャーは1985年にこの地を訪れ、採掘場とそこで働く人々の姿を撮影しました。劣悪な環境で働く彼らの背景には、一攫千金を狙うという個人としての欲望、さらにその深部には資本主義の後進国に属するがゆえに苦役を選ばざるを得ないという格差の構造が存在しています。
「ゴールド・イン・ザ・モーニング」のシリーズは、搾取によって成立している世界の不均衡を露わにします。彼らが貧困と危険と隣り合わせで掘り出した金は、装身具のみならずさまざまな工業製品の一部として私たちの生活に欠かせないものです。市場取引された金の価格とブラジルの鉱夫たちの対価が大きく乖離していることはいわずもがなでしょう。結果、私たちも搾取に加担しているという構図が浮かび上がります。ジャーは本シリーズにおいて、圧倒的な視覚体験のその先に、私たちの当事者性への省察を導きます。
C
1990年代初頭、民族間の緊張が極度に高まるなか、領域内で異民族が混在して暮らしていたボスニア=ヘルツェゴヴィナでは、多数派が推し進めた独立宣言を機に民族同士の紛争状態に突入しました。
《エウロパ》は、第二次大戦後、ヨーロッパでもっとも凄惨な戦場といわれたこのボスニア紛争を題材としています。ボスニア紛争勃発から30年を経た現在、ロシアとウクライナという隣り合う者の戦いが今まさに繰り返されています。私たちの日常社会は多様化と情報化が進み、隣人の価値観が自分と異なることが顕在化される時代を迎えました。「異なる」ということへの警戒心と、「違い」の認識を容易にする情報化社会は、人々の間に不寛容を生みつつあります。《エウロパ》の皓々と光る炎とその背後に隠された戦場の人々の手は問いかけます。異なっていても、隣人でいることはできないのでしょうか。
D
ケヴィン・カーターは1993年、報道写真家として飢饉と内戦で混乱するスーダンに入国し、のちにピューリツァー賞を受賞する「ハゲワシと少女」を撮影しました。この写真はニューヨーク・タイムズに掲載されるとまたたく間に論争を引き起こしました。なぜ写真を撮る以前に幼子を助けなかったのか。報道の自由は人命救助に優先されるのか。
この問いは、写真家だけに向けられるべきものではありません。メディアは写真を掲載して購買を得ました。購入したのは一般市民です。あの写真は「写真家が撮った」ものであると同時に「私たちが撮らせた」ものであることに気付かされます。
《サウンド・オブ・サイレンス》でジャーが示すのは、今、ここにいる私たち全員が、論争の現在の当事者であるという状況です。この示唆は、《写真はとるのではない。つくるものだ》と結びつくことでさらに強固なものになります。イメージの制作に関する倫理を鋭く問うたこの作品との連なりは、イメージを享受する者が負う責任を考えさせます。
E
2018年にヒロシマ賞を受賞したジャーは、2023年に開催された広島市現代美術館での個展において新作《ヒロシマ・ヒロシマ》を発表しました。原爆ドームの真上からのドローン撮影を初めて許可された本作で、映像は上空からドームに向かってまっすぐに降下し、鑑賞者自身が原爆の「眼」となるべく導きます。近づくにつれ、円蓋はアニメーションに切り替わって回り始め、鑑賞者は身体的な経験をともなうインスタレーションのただ中に置かれます。
《明日は明日の陽が昇る》は、要素を極限までそぎ落としながら強烈なメッセージを放つジャーの作品制作の真骨頂ともいうべき作品です。ジャーは本作において、混乱と変革の時期にある現在の日米、および世界との関係へと思考をうながします。
他者が異なる価値観を持つ状況を前提としたうえで、それでも他者を知ろうとし、関係を築くために考え続け、行動する。今この時代にあって、私たちにはとるべき一歩があることを示しているのではないでしょうか。




