東京オペラシティ ニューイヤー・ジャズ・コンサート 2007
セシル・テイラー&山下洋輔 デュオ・コンサート

東京オペラシティ ニューイヤー・ジャズ・コンサート 2007 セシル・テイラー&山下洋輔 デュオ・コンサートチラシ

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日時:
2007年2月21日[水]19:00
会場:
コンサートホール     ホールへの行き方   座席図

東京オペラシティ恒例のニューイヤー・ジャズ。
2007年は2大巨匠がおくる、完全フリーセッション!!

  • 【アンコール曲】 Brief *

[出演]

ピアノ:セシル・テイラー、山下洋輔

[曲目]

第一部
山下洋輔 ソロ

  • ミスティック・ビート
  • やわらぎ
セシル・テイラー ソロ
  • Dusk *


第二部
セシル・テイラー&山下洋輔 デュオ
  • Phalanges - (Khab-ti) Fingers for (4) Hands *


*完全即興による演奏ですが、セシル・テイラーによってそれぞれのタイトルが与えられました。

  • チケット情報
  • 公演について
  • 出演者プロフィール
  • インタビュー

チケット情報

[料金](全席指定・税込)
S:¥8,000 A:¥7,000 B:¥6,000 C:¥5,000 C:¥4,000

[延期公演のチケット再発売日]

2007年1月27日[土]10:00~
東京オペラシティチケットセンター 03-5353-9999
のみの取扱

  • 変更前の(公演日:1月10日と表記されている)チケットは、2月21[水]公演にそのまま有効です。(新たにお求めいただく必要はありません。)
  • 既にお求めいただいているチケットの変更・キャンセルはできません。
    また、公演延期に伴う払戻も締め切らせていただいておりますので、ご了承ください。

公演について

東京オペラシティ恒例のニューイヤー・ジャズ。
2007年は2大巨匠がおくる、完全フリーセッション!!


60年代初頭以来、ジャズ界のみならず現代の音楽界において独自の音楽表現活動を続けてきた至高の大巨匠セシル・テイラー。
そして1969年のトリオ結成以来、一貫して自身の表現を追究し、日本のフリージャズ・シーンを牽引してきた山下洋輔。

セシル・テイラーを師と仰ぎ、共演を生涯の夢としてきた山下にとって、今回のコンサートは、これまでの音楽活動全てを賭けた究極のプロジェクト。

今後いつでも聴けるなどという甘い考えはありえない。
二つの音楽性が究極なまでに鮮やかに際立つフリー・ミュージック、その瞬間に立ち会った者にしか得られない希有な体験がもたらされるだろう。

1976年にセシル・テイラー師匠とモントルー・ジャズ・フェスティバルで一緒になった。サン・ラの後に我々のトリオがやり、C.T.師匠がトリだった。リハを聴いてくれて直後にすれ違ったときに一言「イクセレント」と言って去った。その後日本で師匠と田中泯さんとの共演後の打ち上げに参加させてもらったり、木幡和枝さんの紹介でホテルで話をし「ボディ・アンド・ソウル」のアフター・アワーでソロピアノを聴くという機会もあった。さらにニューヨークで「ブラッドレイズ」に師匠が現れたというので駆けつけて話をしたこともある。その時に当時のマネジャーと盛り上がり「カーネーギー・ホールでデュオをやろう!」などとわめいた。翌日、自宅でリハの見学が出来ることになったのはその時だ。さらに数年後のニューヨーク・ジャパン・ソサエティーでのリサイタルの客席に師匠が現れた。その後朝まで一緒に飲み歩くという幸運があった。このときに紹介したニューヨーク在住のイトコのケイコちゃんのお店に、師匠は時々現れるようになった。この間会った時に、そこでの面白いエピソードを色々聞かせてくれた。
などなど考えてみると、今回の我々の出会いにはさまざまな人の縁と力が働いていると思わざるを得ない。めったにないピアノ2台での共演をC.T.師匠が承諾してくれたのも、その方々が何事かを保証してくれたからだと感謝している。ご恩返しに力いっぱいぶつかってみたい。

山下洋輔

出演者プロフィール

セシル・テイラー(ピアノ)

Cecil Taylor, piano
1929年ニューヨーク生まれ。5歳の時にピアノを弾き始め、ボストンのニューイングランド音楽院でピアノや音楽理論を学ぶ。55年、スティーブ・レイシーとカルテットを結成。56年、ニューヨークのファイブ・スポット、57年にはニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演。62年、ジミー・ライオンズ、サニー・マレイとヨーロッパ・ツアーを行ない『ライブ・アット・カフェ・モンマルトル』リリース。63年にはアルバート・アイラーを加えて活動する。64年、ビル・ディクソンらとニューヨークで「ジャズの10月革命」コンサートを開催。その後〈ジャズ・コンポーザーズ・ギルド〉を組織し、68年アルバム『ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ・アソシエーション(JCOA)』をリリース。70年代からは、ソロ・コンサートも活発に行なう。73年に初来日、その際のライブはアルバム『アキサキラ』『ソロ』に収録されている。75年ダウンビート誌の「名誉の殿堂」に選ばれる。80年代以降には、詩の朗読やダンスとのコラボレーションなども始め、近年では、サンフランシスコでオーケストラの伴奏によるコンサートや、ワシントンDCの議会図書館でのコンサートに出演。77歳になる現在も、意欲的に音楽や詩などの創作活動を続けている。

山下洋輔(ピアノ)

Yosuke Yamashita, piano
1969年山下洋輔トリオを結成、ジャズ界に大きな衝撃を与える。内外の一流ジャズ・アーティストとはもとより、和太鼓やオーケストラとの共演、映画音楽ほか活動の幅を広げ、世界中のジャズファンから圧倒的な支持を受ける、日本の誇るナンバーワン・ジャズ・ピアニストの一人。
恒例の東京オペラシティ・ニューイヤー公演では、2000年自作のピアノ協奏曲《即興演奏家の為のエンカウンター》の世界初演や、筒井康隆と組んだジャズ・オペレッタ『フリン伝習録』(04年)、20年来の念願の『ジャズマン忠臣蔵』(05年)、新作組曲『Sudden Fiction』(06年)の上演など、毎年大きな話題を呼んでいる。
前述のピアノ協奏曲は、04年イタリアで佐渡裕指揮/RAI国立放送響、05年「東京の夏音楽祭」では佐渡/N響と再演するなど国内外での再演の機会も多く、『ジャズマン忠臣蔵』も今年12月13日、14日に赤穂、兵庫で再演される。06年2月、ニューヨーク・トリオの新譜『ミスティック・レイヤー』をリリース。3月にはオーネット・コールマン・カルテットの日本ツアーに参加し、共演を果たす。
04年より国立音楽大学客員教授。多数の著書を持つエッセイストとしても知られる。紫綬褒章受章。

オフィシャルサイト[YYOWS]
http://www.jamrice.co.jp/

インタビュー

山下洋輔インタビュー
「武芸者の心境で師匠をお迎えします。」

毎年、ニューイヤーに大企画を打ち出してくれる山下洋輔氏。2007年は、セシル・テイラーとの“フリー・ジャズ界2巨匠”の完全即興コンサートです。長年“師”と仰ぎ、音楽活動における心の支えとしてきたセシル・テイラーとの夢の初共演を前に、山下氏に抱負をうかがいました。

(2006年10月19日 東京オペラシティ文化財団)



─ まずセシル・テイラーの紹介からお願いいたします。

セシル・テイラー・スタイルのジャズ・ピアノの手法を創造した人です(笑)。それまでのようにジャズの決まりごとの上でピアノを弾くのではなく、現代音楽的な要素や、ヒジ打ちをふくむありとあらゆる手法をジャズの演奏に導入しました。当然、ジャズという音楽の考え方についても一種の革命を起こしたと思います。それら全てをぼくに示してくれた人ですね。


2006年9月、セシル・テイラーの自宅にて。


─ 山下さんがテイラーの演奏に出会われたのは?

最初はレコードです。でもその頃のぼくはいわゆる正統的なジャズを志していた若者ですから、まずなにがなんだかわからない。ものすごく不思議な違和感のある音楽に聞こえました。クラシックの学生がいきなりジョン・ケージを聴くようなものかなあ。なんだこれは!っていう感じで。でも何か官能が揺さぶられて忘れられないという感覚が植えつけられたんですね。後年、1969年にそれが噴出して最初のフリー・ジャズ・トリオの結成になるんです。

─ 同じフリー・ジャズ界のピアニストということで、互いのファンからは「ライバル」としてよく比較されたそうですが。

はい。ライバルというか「あいつ真似してる」ですね(笑)。勿論、根本的なインスピレーションをいただいていますし、外見上は似ているんですが、でも中身は全然違うという確信が自分ではずっとありました。グループとしてのコンセプトも、ぼくは非常に形式感にこだわって、始まりも終わりも明確にしたいし、フリー・インプロヴィゼイションの間も明確なキューで演奏者同士のコミュニケーションをはかるというやり方が好きでした。でもテイラー先生の演奏には目に見える形でのそういうことがないですね。その瞬間の表現が大事で、終わるのが目的ではないといういさぎよさをいつも感じます。
本人同士の対立などはまったくないですよ。僕は、2度目の来日(1974年)のときに楽屋にもぐりこんで、先輩として、師匠として、敬意を表しつつ眺めていました。

─ 共演したいという希望はその頃からお持ちだったんですか?

いや、そんな大それたことは考えていませんでした。ただ漠然と、自分という存在を知ってほしいという気持ちはありましたね。お近づきになりたいという感覚でしょうか。
その後、76年のモントルー・ジャズ・フェスティバルで、セシル・テイラーのグループと同じ日に我々のトリオが出演したとき、練習を聴いた彼がすれ違いざま「エクセレント!」と言って去って行った・・・というようなこともありました。まあ少なくともぼくの存在を怒ったり嫌がったりはしていないのかな、と少しほっとした記憶があります。

共演ということはピアノ同士ですから実現の可能性はまずないと思うのが常識ですよね。でもぼくは以前にも、佐藤允彦、三宅榛名、坂本龍一、マル・ウォルドロンというすごい人たちとやったキャリアはあるんです。そういう背景もあったのかなぁ、実は10年くらい前に、ニューヨークのバーで、ご本人がいる前で酔っぱらって「カーネギーホールでセシル・テイラーとデュオをやるのがおれの夢だ」とわめいたことがあるんですよ。そうしたら「明日、リハがあるが見にくるか」というお言葉をいただいた。翌日、今回もうかがったブルックリンのご自宅に行って結構大人数のコンボのリハを見学させてもらいました。その後にぼくのニューヨークでのコンサートの客席に現れてくれたり、そのまま朝まで一緒に飲んだり、というようなことが起きたんです。
そんなこんながあったあげくに、今年になってこの東京オペラシティでのコンサートで、もしかしてデュオが実現できないだろうか、と考えついたわけです。なにしろ、2000年に最初のピアノコンチェルトを発表して以来、このホールでは他では実現できない実験的挑戦的なことを毎年初演することができましたよね。それがぼくの毎年の課題になってもいるわけですが、幸いこれまでよい結果を残すことができたと思っています。そういう実績というか背景のおかげで、テイラー先生に今回のコンサートをプロポーズできる自信を持てたのだと思います。


連弾するテイラーと山下。


─ コンサートはどのような構成を?

一部ではまずぼくがソロを弾くつもりです。続いてテイラー先生にソロをしていただき、休憩をはさんで後半はピアノを2台並べて、二人で弾きまくる予定です。はたして何が出るか。このあいだテイラー先生の家に行った時にもそういう展開になりました。ピアノの譜面台に独特の楽譜が置いてあるんですね。五線紙ではなく普通の紙にアルファベットが書かれている。縦にアルファベットで書かれた音名が横に進んでいく ─ そう、ぼくは解釈して、それを見ながら勝手に弾いたら、師匠が高音で参加して一緒に弾いてくれた。時々、お、とか、う、なんて声も出ていたから、多分こういうことでいいのではないかと思っていますが(笑)。いや、本番直前まで何が起きるか分かりません。

─ 一期一会になるかもしれない今回のコンサートへの期待をぜひ。

考えれば考えるほど、すごい機会が訪れたとあらためて思います。一生に一度のことかもしれませんから「斎戒沐浴、失礼があってはならぬ」という武芸者のような心境ですね。悔いのないように、最高のコンディションで臨みたいと覚悟を決めています。


(東京オペラシティArts友の会会報「tree」Vol.59 より)

*曲目、出演者等は、変更になる場合がございますのでご了承ください。
*就学前のお子様の同伴・入場はご遠慮ください。


主催:東京オペラシティ文化財団
協賛:NTT都市開発株式会社

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東京オペラシティ コンサートホール/リサイタルホール


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