2014.04.19[土] - 06.29[日]
自由自在の世界!
お気に入りのワンピース
ゆれるスカート
不気味に動くカーテン
満月
静かな宮殿とへんてこな犬の陶器
おいしいお餅
この世のすべてのおいしい食べ物!
鳴り止まないファンファーレ
45回転で回るレコード
誰かに宛てる手紙
悲しさを飛ばしてくれる笑い声
そうやって色彩達は作られていくのだろう。
開かれた中に渦巻く全てのものが私を呼んでいるから、私の絵筆は止まらない。
そう、だって私は極上に向かうのだから!!
およそアーティストのステートメントらしくない文章ですが、三井淑香の作品を理解する手がかりが書かれているという点で、これは紛れもないステートメントといえるでしょう。実際ここには彼女の作品世界を構成するモティーフの数々がはっきりと書き記されています。ワンピース、スカート、カーテン、手紙のほかに、カーペット、壁紙、テーブルクロス、椅子や衝立などをつけ加えることもできでしょう。室内の女性たちを描くことが多い三井淑香の作品では、彼女たちが身にまとうワンピースやスカートの色や柄、カーペットやカーテンの絵柄、部屋の壁紙、テーブルクロスの模様、椅子や衝立などの調度品の装飾―これらが画面全体を覆い尽くすように展開します。色遣いは決して派手ではなく、褐色系を主体に重層的に覆い尽くされた画面からは、どこかアンティークを思わせる不思議なぬくもりが漂う一方で、複雑な絵柄の交錯は、みる者の視線を攪乱し、また、画面に複雑な空間性をもたらしています。
もちろん、この文章がモティーフの列挙に過ぎないのも事実です。しかも、宮殿の静かさとファンファーレやレコードの音、動くカーテンの不気味さと笑い声など、いくつかは相容れない内容すら含んでいます。関係性を欠いたモティーフが、思いのままに、羅列されているというべきでしょう。
異なるモティーフの絵柄や模様を錯綜させる手法はだまし絵にも共通しますが、決して「物語」に収斂することのない独特な滋味深い彩色と形象の戯れが、三井の作品を絵画的にはるかに豊かで魅力あふれるものにしています。そして、この物語性の欠如は、モティーフ同士の関係性の欠落と深く結びついているのです。
それにしても彼女の画面を彩る豊饒なイメージは、いったいどこからやって来るのでしょうか?彼女によれば、木枠に張った綿布の前に立つと、おのずと描くべき作品のイメージが脳裏に浮かんで来るそうです。150号大の作品でもわずか2週間で描き上げる制作のスピードは、頭に浮かんだイメージを、消え去る前に必死で描き留めるためでもあるそうです。この話を彼女から聞いて思い浮んだのは、古代ギリシアの叙事詩でした。詩人ホメロスは、「語れよ、ムーサ」と唱えることでその壮大な叙事詩を始めています。ムーサとはミューズであり、文芸を司る女神です。神語りという形式をとることで彼の叙事詩は、一個人の創作の域を超えて、普遍的で特別なものとなります。三井の場合、この神語りはムーサへの祈りではなく、彼女の脳裏に去来するイメージそのものに違いありません。
おそらくその追求こそが、彼女がステートメントのなかで「極上」と呼ぶものなのでしょう。美術や芸術に関する文章でめったに目にすることがないこの二文字の漢字こそ、彼女のミューズが導こうとする境地で、その創作を根底で支える規範といえます。極上の料理を楽しむとき、その食材や調理法をいちいち問い質すのは野暮というものです。それと同様に、三井淑香の極上の絵画をみるとき、私たちは疑問を投げかけるのではなく、その謎に満ちた不思議な世界を隅々まで堪能すべきなのでしょう。