エッセイ:音楽を再人間化する パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィルのピリオド・アプローチ

いま世界で最もエキサイティングな組み合わせのひとつ、パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィル。このコンビを一躍有名にさせたのは、これまでの重厚なイメージを一新させる躍動的なベートーヴェン演奏でした。
世界を熱狂させた彼らのベートーヴェンの交響曲の魅力について、長年彼らを聴き続けている音楽評論家、舩木篤也氏にご紹介いただきます。

舩木篤也(音楽評論家)

あれは2006年だから、もう14年前になる。ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団が、就任2年目の芸術監督、パーヴォ・ヤルヴィの指揮で、日本で初めてベートーヴェン交響曲全曲演奏会を催した。その衝撃のなんと大きかったことだろう! 某評論家など、まだ5月だというのに「早くも今年のベストコンサートだ」と大興奮。筆者自身は、事情により横浜であったそれを聴けなかったのだが、心のなかで「あり得る話だ」と結論していた。というのも、ドイツ・カンマーフィルの本拠地、ブレーメンにかつて暮らしたことがあり、この楽団のことはよく知っているつもりだったからだ。
それは1993年から96年までのこと。当時の同団は、創設の地、フランクフルトから移って来たばかりの若者集団で、古典や近現代の作品を中心に、すでに水際立った演奏を展開していた。ハインリヒ・シフ、パーヴォ・ベルグルンド、ハインツ・ホリガーといった、室内オーケストラを好む指揮者を呼んでいたのも効を奏したであろう。
ベートーヴェンの交響曲に関していえば、このうちシフとちょうどCD録音を始めたところで、スリムな弦楽編成による引き締まった響きとテンポ、明快なフレージングなど、ピリオド的なアプローチでしか生まれようのないベートーヴェンを実践していた。ドイツ・カンマーフィルのピリオド的感性は、その後この楽団の指揮者となるトーマス・ヘンゲルブロックらによってもたらされたと思われている節があるので、このことは強調しておきたい。シフとのプロジェクトは、やはりモダン楽器を基本としつつもピリオド・アプローチを採用した、あのアーノンクール指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団のベートーヴェンとほぼ同時期のものであり、もっと遡れば、彼らはフランクフルトにいた1980年代にもう、フランス・ブリュッヘンら古楽畑の指揮者の薫陶を受けていたのである。
そんなわけで、日本で巻き起こった2006年の旋風にも筆者はあまり動じなかったのであるが、いやはや、こちらの認識が甘かった。その後、欧州で、日本で、実際にパーヴォ・ヤルヴィとのベートーヴェンに何度も接し、そのたびに驚かされることになった。90年代初めの彼らと比べると、トランペットにナチュラル管を導入したのが大きな変化だとはいえ、そんな物理的与件を越えた、きわだって身体的な愉悦があった。ダンスの復権とでも言おうか。その上で、不意打ち、冗談、問いかけ、挑発といった言語的レトリックにも似た多彩な表情が、豊かにある。生きてあることの実感が、身体的な快・不快だけでなく、ことばと密接に結びついているのが人間の生であろう。とすれば、パーヴォ&ドイツ・カンマーフィルのベートーヴェンは、きわめて人間的なベートーヴェンということになる。
音楽を大作曲家たちの「神殿」から取りかえし、いわば再人間化すること。これこそが、ピリオド・アプローチの勝ち得た最大の成果である。そしてその成果を、彼らは作品を再演する際に、二度と同じやり口で提示しない。たとえば、第2交響曲のCD録音では、モダン・ホルンを用いながらもト音が来るとゲシュトップフト奏法(ベルの中に入れた右手で音程を作る)で吹いていたが、これなど実に意外で面白い。ニ調のナチュラル管を「偽装」することで、そこだけ金属的な音色にして、「ベートーヴェン語」を音化してみせるわけだ。
パーヴォはいちど筆者に、「名声だけを考えるなら、この楽団とこんなに長く関わらないだろう」と打ち明けてくれたことがある。なるほどブレーメンは、ベルリンやパリほど有名ではない。「でも本当にやりたい音楽ができるから、自分は続けているんだ」とも。あの発言からさらに8年。ドイツ・カンマーフィルも、権威ある賞や音楽祭で顕彰されるなど、この間、決して知る人ぞ知る室内オケではなくなった。そんな彼らが、「第2のホーム」と呼ぶ東京オペラシティ コンサートホールでベートーヴェンの交響曲を全部演奏する。こんどは何が飛び出してくるだろう?

東京オペラシティArts友の会会報誌「tree」Vol.141(2020年8月号)より

■公演情報

パーヴォ・ヤルヴィ指揮
ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
生誕250年 ベートーヴェン 交響曲全曲演奏会

2020年12月9日[水]19:00
12月10日[木]19:00
12月12日[土]15:00
12月13日[日]15:00
会場:コンサートホール

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[料金](全席指定・税込)

各日(12/9、12/10、12/12)
S:¥15,000 A:¥12,000 B:¥10,000 C:¥8,000 D:¥6,000

12/13のみ
S:¥19,000 A:¥16,000 B:¥13,000 C:¥10,000 D:¥8,000

[チケット情報]

東京オペラシティチケットセンター
03-5353-9999

インターネット予約

コンサート情報

パーヴォ・ヤルヴィ指揮
ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
生誕250年 ベートーヴェン 交響曲全曲演奏会

2020年12月9日[水]19:00
12月10日[木]19:00
12月12日[土]15:00
12月13日[日]15:00
会場:コンサートホール

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