インタビュー:次世代に伝えたい、日本の現代音楽の歩み「池辺晋一郎プロデュース 日本の現代音楽、創作の軌跡 第2回」

東京オペラシティ文化財団のミュージック・ディレクター、池辺晋一郎が企画する年一回のシリーズ「日本の現代音楽、創作の軌跡」。第二弾は、1930年(昭和5年)生まれの9人の作曲家を特集します。「先達の声」を次世代に伝えたいと強く願う1943年生まれの池辺晋一郎が、音楽評論家・小倉多美子氏のインタビューに応えて、その思いを語ります。

日本の作曲家団塊の時代が輝く新企画、大反響でスタート

池辺晋一郎プロデュース「日本の現代音楽、創作の軌跡」が、大反響でスタートした。様々なテーマで側面が照らし出され、その姿がかなり塑像されつつある日本創作界の軌跡だが、スパッと、或る年代だけにフィーチャーした企画は、実は意外だったのかもしれない。
日本の作曲界に、或る「世代」があった。1929〜33年、昭和一桁生まれの作曲家たちで、第1回(1929年生まれ)の湯浅譲二等から、一柳慧、三善晃が生まれた1933年まで、長きに亘って創作界を牽引してきた作曲家たちが一度に出現した5年である。歴史の中には時々こういう現象がある。再び現れるのだろうかと思うような巨人2人──ワーグナーとヴェルディが生まれた1813年、近年日本なら稀有の才能・大谷翔平と羽生結弦が生まれた1994年等々、衝撃的な年がある。「1929年は、黛敏郎と矢代秋雄が東京音楽学校で同級生。伝説的なホルン奏者・千葉馨も同級生。もの凄い世代でしょう?そして1933年は、僕の師匠・三善晃が生まれた年。こんなに多くの作曲家が現れたのはこの時代だけで、1929〜33年を僕は、『日本の作曲家団塊の時代』と言っています。この後は団塊ではなくなってきます」。その群像はかなり衝撃的だが、ではなぜ団塊となったのだろう?

君たちは好きで書いているだけ、けれども自分たちにはその「瞬間」がある

「日本には、作曲家と呼ばれるものは明治以降にしかいないわけですが──その前にいなかったわけではなく、例えば、八橋検校、山田検校、もしかしたら世阿弥だって作曲家かもしれませんが、こんにち我々が認識する作曲家とはちがいます。それはヨーロッパにおいても同じで、例えば、J.S.バッハの一族は何代も前から音楽家でしたが、ミンネゼンガーのようなものだったわけで、作曲家として捉える概念はバロックあたりから変わってきたのと同じように、日本も明治以前もいましたが、今我々が考える作曲家とはちがうわけです。
我々が考える作曲家になってから、第1世代の伊澤修二や小松耕輔の世代は、取り入れることに必死だった。次の第2世代の山田耕筰は、日本のオーケストラや作曲そのものの嚆矢になるべく努力した。次の世代が団塊となった昭和一桁生れの世代で、僕などは第4か第5世代ぐらいだと思います。彼らの10代は戦時下で、10代後半に終戦を迎えて一気に自由な空気を吸い込みます。極度な抑制によってエネルギーを蓄積し、今度は自由な雰囲気の中で一気呵成に発散させたのが、この世代です。そして前の世代があっという間に教える側に回らざるを得ず教育現場に立って行きましたので、彼らは早くから、かつ、長く現場で活躍してきました。ですから、僕たちが現場に出るようになってからも、常にこの世代が君臨していました(笑)。とにかく、抑制によって貯め込み、箍(たが)が外れて発散する──この世代はその両方を体験し、自分が音楽をすることと現実とが濃密な関係の上に成り立っている世代でもあります。」

だから、彼らにはその「瞬間」があったのだと言う。
「若い頃僕は松村禎三さんの家によく遊びに行きました、大学4年から大学院に入った頃です。小杉太一郎さん、三木稔さん、池野成さんなどもいらして、徹夜でお話を聞いたり議論したりしました。映画産業が最高の興行成績をあげ、作曲家たちも映画音楽を盛んに作曲していた時代です。映画会社にも潤沢な資金があり、撮影の終わる1か月間前から作曲家を太秦に滞在させていたりしたので、いつも部屋に彼女が来ていた作曲家の話や、いざ呼び出された時には足がふやけて靴が入らないほど長風呂し過ぎた作曲家の話など、今では考えられない贅沢で奔放な逸話には事欠かない時代です。
そんなある日、池野成さんが、戦後、瓦礫の中を歩いていると、どこかの家から進駐軍放送が聞こえてきて、思わずそこに立ち止まり、その曲にショックを受けて、それまで音楽とは関係のない仕事をしていたのだが作曲家になろうと決心したという話をしてくれました。後から《春の祭典》だと分かったそうですが。小杉太一郎さんからだったと思うのですが『で、君のそういう瞬間はなに?』って聞かれたのです。そういう瞬間はないのです、我々の世代には。子どもの頃から音楽をやって、いつの間にか音楽家になっている。前の世代は多かれ少なかれそういう瞬間を経て音楽家になっている人が多く、武満徹さんなどもそうです。そういう世代に面と向かって『君にとってそういう瞬間は?』と聞かれ、ある種の劣等感を抱きました。僕は既に20代で沢山作品を書き、コンクールでも良い成績を取っていましたが、松村さんに『君は作曲坊やだよ』って言われたのです。それは僕の生涯の中でも、エポックメイキングと言えるほど、ショックな出来事でした。彼らから見ると我々の世代は、そういう意味での蓄積がないので“作曲坊や”に見えるのでしょう。子どもの頃から好きなように書いて、そのまま大人になったのだろう、君たちは好きで書いているだけ、けれども自分たちはちがうと。彼らには、音楽という形で吐き出さずにはいられない様々な積み重ねがあり、そして『瞬間』があるのだと。そのショックで1967年からの3年間、スランプに陥りました。立ち直ったのがちょうど1970年頃。混声合唱のための《相聞Ⅰ、Ⅱ》や野坂恵子さんに委嘱された二十絃箏のための《紡ぐ》等が漸く立ち直った頃の作品でしょうか。
経済、政治、どの世界にもジェネレーションがあり、中でも、日本の作曲家の世界に在るジェネレーションの意味は“深い”のですが、それを僕の中だけにしまっておくのは“不快”なので、皆さんとぜひ共有したいと思います。」

網羅的にやろう

この世代を「網羅的にやろう」というのも柱の1つであり、なおかつ、その作曲家にとって重要な位置付けとなる作品、また演奏機会も稀な作品が選び抜かれているのも、このシリーズの重要なポイント。第2回には、1930年生まれの作曲家9名が並ぶ。
「実験工房のメンバーとして名前は良く知られている鈴木博義氏ですが、作品に接し得ることはほとんどないかもしれません。
廣瀬量平さんの《パドゥマ》は、インド旅行後にガラっと作風が変わってからの作品で、京都市立芸術大学の日本伝統音楽研究センター初代所長でもあった彼の側面をよく表す作品だと思います。」

コンサートでは、池辺晋一郎による作曲家㊙トークも繰り出すかも。ぜひお越しください。

■公演情報

池辺晋一郎 プロデュース
日本の現代音楽、創作の軌跡
第2回「1930年生まれの作曲家たち」

2020年7月10日[金]19:00
会場:リサイタルホール

[出演]

池辺晋一郎(プロデュース/お話)

斎藤和志(フルート)、吉井瑞穂(オーボエ)、山澤 慧(チェロ)、篠﨑和子(ハープ)、塚越慎子(マリンバ)、福間洸太朗(ピアノ)、三橋貴風(尺八)、木村玲子(十七絃箏)

[曲目]

  • ●下山一二三:セレモニー第2番(1971)
  • ●鈴木博義:2つの声(1954/55)
  • ●廣瀬量平:パドゥマ(波曇摩)(1973)
  • ●助川敏弥:山水図 op.58(1978/81)
  • ●三木 稔:雅びのうた op.36-1(1971)
  • ●福島和夫:冥(1962)
  • ●田中利光:マリンバのための二章(1965)
  • ●諸井 誠:竹籟五章(1964)
  • ●武満 徹:ユーカリプスⅡ(1971)

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[料金](全席指定・税込)

一般:¥4,000 学生:¥2,000

[チケット情報]

東京オペラシティチケットセンター
03-5353-9999

コンサート情報

池辺晋一郎 プロデュース
日本の現代音楽、創作の軌跡
第2回「1930年生まれの作曲家たち」

2020年7月10日[金]19:00
会場:リサイタルホール

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東京オペラシティ コンサートホール/リサイタルホール


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