インタビュー ピエール=ロラン・エマール ピアノリサイタル

作曲家メシアンから直接の教えを受け、メシアン・コンクールで優勝するなど、現代最高のメシアン解釈者の一人であるピエール=ロラン・エマール。《幼子イエスにそそぐ20のまなざし》全曲を、エマールがついに日本でも披露します。メシアンとの思い出や、この作品について、エマール自身にお話を伺いました。

聞き手・文:杉山幸代
[2017年5月6日 ヘンリー・ウッド・ホール(ロンドン)にて]

ピエール=ロラン・エマール インタビュー(ロングバージョン)

「私はメシアンの音楽に特別な使命があるのです。」

  • ■12月の東京オペラシティ コンサートホールでの公演をとても楽しみにしております。プログラムのメシアン《幼子イエスにそそぐ20のまなざし》は、今回のリサイタルが日本で初めての全曲演奏になると伺っています。
  • そのとおり、初めて日本で全曲を演奏します。今回実現できることをとても嬉しく思っています。この曲を提案したのには2つの理由があり、ひとつはホールそのもの。東京オペラシティ コンサートホールの持つカテドラルのような音響空間は、この作品の精神的な世界にあっているように思います。それからホールで出会うお客さまとのこれまでの関係性。この作品は普通のリサイタル枠ではなかなか提案できませんが、今回の東京オペラシティ公演はまさに「機が熟した」という気がしています。
  • ■あなたはメシアン作品の弾き手の第一人者でいらっしゃいますが、メシアンとの関係はどのように始まったのでしょうか。
  • 12歳のときにメシアン夫人でもあったイヴォンヌ・ロリオ先生のクラスに入ったことが、メシアンとの直接的な出会いに繋がりました。彼のオルガン演奏を聴いたり、彼自身が教えるのを見たり、一緒に演奏旅行に出かけたり、別荘に行ったり、重要な作品の世界初演にも立ち会ったりしました。このように様々な時間を彼と共有できたことは、彼の文化的ビジョンや精神的世界がどのようにできあがっているのか、作曲家としてのメシアンを理解することに役立っていると思います。
    メシアンは、作曲家として超越した部分もありますが、優しい声のとても穏やかな人物でした。気取りがなく、前向きな情熱に溢れ、同時に思慮深さや忍耐強さも持ちあわせていました。今でも覚えているのは、初めて会ったときに私のことを決して子供扱いせず、一人の人間として接してくださったことです。
  • ■以前に別のインタビューで、メシアン夫妻とあなたが家族的な関係にあったと答えていらっしゃいましたが、何か思い出に残っていることなどありますか。
  • それは少し補足がいりますね。そのときに私が言いたかったのは、メシアン自身も語っているように二人は大恋愛をして、非常に固い絆で結ばれていたカップルでした。でも二人には子どもがいませんでしたから、若い生徒が彼らの子どものように世間から見えたのかもしれません。それは私だけに限らず、他の若い生徒たちも同じでしょう。彼らの周りにはピアニスト以外にも多くの音楽家が集まっていて、私より近しい人たちも多くいましたね。
    ところで、「教える」ということは、彼らの人生に大きな意味を与えていました。メシアンの美的な独自性と人としての懐の深さも手伝って、彼は素晴らしい作曲の教え手でした。ロリオ先生もたくさんの生徒を教えていました。私がとりわけ素晴らしいと思うのは、全ての生徒が違っていたことです。生徒それぞれの個性を一人の音楽家として尊重してくださり、同様の理想を目指していても、そのアプローチは人それぞれだということを示してくださいました。それはとても重要です。
  • ■あなたにとって作曲家としてのメシアンの魅力は、どのようなところですか。
  • 2つありますね。まず、彼の音楽と出会った瞬間に、ある未知なるものや新しい発見に対してそう感じることがあるように、私にはこの音楽に対して特別な使命があるのだと直感しました。2つめに、音と時間に対するメシアンの観念は実にインスピレーションに溢れ、それまでの音楽にはない次元に我々を誘ってくれます。精神的、マジカル…なんとでもいえますが、目をみはるような音のオブジェクトをメシアンがどのような時間性で秩序立てようとしたのか。演奏者としてはとても興味深いものがあります。少なくとも私はメシアンの音楽のその部分に一番惹かれます。
  • ■それは他の作曲家とは異なりますか。
  • 他の偉大な作曲家たちも各々に特別ですよ。その特別さが、ある作曲家とある人とを本質的につなぐのかもしれません。面白いと思うのは、どれほど異なるスタイルの作曲家でも、ひとりひとりがそれぞれの真実を見出していることです。彼らはこの世界の豊かさ、リアルな人間としての行いとは何か、人間として非常に根源的なものを示してくれます。
  • ■あなた自身は、作曲はなさらないのですか。
  • とんでもない。しませんし、したいとも思いません。作曲は私のものではないのです。作曲という行為には大きな魅力を感じますが、私が行うべきことではないし、これからもそうです。
  • ■メシアンがあなたに遺した影響を感じることはありますか。
  • 確かに、彼は、私の人生に大きな影響を残しています。でも、それだけに囚われないように、他の作曲家やアーティストからの影響も受けようと自分で決めてきました。私たちは歴史や文化が多彩に重なりあう時代にいますね。私たちをとりまく多様性によって、私たち自身の地平を広げることができます。もちろん彼の作品のよき理解者でありたいと思いますが、メシアンとの記憶のなかに生きるのではなく、様々な作曲家たちと出会い、今この瞬間をより豊かに生きていきたいと願っています。
  • ■さて、今回演奏される《幼子イエスにそそぐ20のまなざし》についてお聞かせください。
  • この作品とは「人生を共にしてきた」と言ってもいいでしょう。ロリオ先生の演奏も聴いてきましたし、他の人の演奏が彼女を魅了する様子も近くで見てきました。私自身も早い段階からこの作品を演奏したいと思うようになり、18歳で初めて人前で全曲演奏しました。
    ロリオ先生だけでなく、メシアンからもたくさん学びました。この作品に限らず、メシアンの自作に対するアドヴァイスは、明晰であること、楽譜・テクストへの敬意、鳥の鳴き声に対する理解、解釈の緻密さ、ディナーミク、そして何よりも音響的あるいは人として作品に共感することでした。
    もちろん当時の教えに対しては今でも絶大な畏敬の念を持っていますが、当然のことながら、長い時間を共にしてきた作品であるゆえに、私の解釈も変化しつつあります。これまでの私自身の経験がそうさせるのです。たとえば、私がアンサンブル・アンテルコンタンポランから学んだことは、音の質に関する考え方です。グループで演奏するときに発生する異なる時間性の捉え方とでもいえましょうか。また、伝統的なレパートリーや20世紀音楽、ロマン派…。特にリストからは、音楽的な身振りや感情的あるいは劇的な解釈を得ました。そしてもちろん個人的な人生経験も演奏に影響します。生と死。精神的生活。
    この作品はいうまでもなく特別です。作曲者の感情、ファンタジー、哲学、精神世界が反映され、演奏家にあらん限りのことを要求してきます。一夜にして、人生のあらゆる側面をさらけ出さねばならないのです。そんなことは日常の生活には滅多にないものです。ですから、他の作品のように連日のようにツアー演奏はできず、限られた時にしか演奏できません。私の場合は多くても年にせいぜい2〜3回程度です。しかしそれゆえに、長い演奏活動のなかでも特に親しみを感じるのかもしれません。
  • ■99年の録音はこの作品解釈の一つの頂点と言われています。しかし先ほどご自身でも演奏解釈が変化しているとお話しくださいました。
  • 人間であるかぎり、人は変わり続けます。変わり続けながらも、同じ人であり続けるというのは、不可思議なことですが、願わくば、より内面的に豊かな人へと変わりたい。90歳で表現できるものは18歳のそれよりもさらに豊かで熟して実のあるものかもしれない。でも、それはみなさんが決めることです(笑)。
    もちろん、常日頃から成長しようと努力しますよね。あ、今日は昨日よりもいいかも、と思うときもあれば、しばらく全く手応えを感じないときもあります。それが人生です。
  • ■この作品は宗教的な含意も大きいですが、一方でそのような文化的背景を超えた魅力があると思います。その点についてどうお感じになりますか。
  • ご存知の通り、メシアンは非常に敬虔なカトリック信者でした。カトリシズム的なインスピレーションは、彼の活動を貫いた心棒だったといえるでしょう。いつも人のために作品を書いていましたしね。思えば、私がカトリック教育を受けた事実は、やや難解にも思えるこの作品の本質を理解するのに役立っているかもしれません。この音楽と歩み始めたときは、私にもまだ信仰がありましたし、そのことが私と作品を近づけてくれたようにも感じます。とはいえ、この作品は非常にユニバーサルな作品です。たとえその人の信仰心が篤かろうがなかろうが、《幼子イエス》が持つ精神世界は様々な価値や何らかの意味を人々に与えています。すなわち、この作品に兼ね備えられた純粋な音楽性が我々の心や精神に語りかけてくる。この偉大な作品に込められた多彩な意味や様相の相関性は、往々にしてその断片にしか触れられないものですが、我々の心にたしかに迫ってくるのです。このような傑作に向き合うことは、演奏家にとっては試練です。作品の持つあらゆる可能性を考慮しながら、ひとつの演奏解釈に収斂していく。その作業は、ひいてはその作品が内包しうる多様な意味を引き出すことにもなります。
  • ■この作品は技巧的にも精神的にも難しいとされていますし、その両者を同時に成し遂げつつも融合するのは容易なことではないと思います。
  • そうですね、確かにとても難しいことですが、どちらにプライオリティを置くかの問題だと私は考えています。たとえば、楽器、空間、音響、聴衆、すべての演奏環境が揃っていなければ両立は困難です。もしそれらのいずれもが維持されなければ、メシアンの指示通りのテンポにできるのかという問題もでてきます。メシアンは遅いテンポを意図的に用いて、永遠の変移を表現したり、旧来の音楽的限界を超える精神体験を目指していますが、具体的な技巧的手法なしではそれらを扱うことは難しいかもしれません。特にこの作品では、複雑な和音と、ある時間において豊かな色彩が与えうる印象が重視されています。それぞれのオブジェクトや和音に厳密なテンポが与えられているときに、いかにして響きと時間のギリギリのところで聴衆を惹きつけ続けられるのか。それはまさに演奏者への挑戦です。
  • ■演奏家は楽譜に忠実であると同時に、作品そのものの新しい側面や可能性を切り開く役割を持っています。演奏家として、あなた自身をどう見ていますか。
  • 忠実な「しもべ」とでもいいましょうか。善きしもべは、仕えている偉大なもののあらゆる様相、あらゆる秘密を知っていなければなりません。それに纏わるすべてのルールも、何のために仕えているのか、その大義も。偉大なものへの忠誠を示すために、しもべは人生を差し出すのです。国への愛、誰かへの愛、家族や社会的もしくは職業的グループなどへの貢献…、相手を最大限に活かしてあげたいならば、まず相手をよく知ることです。自分がどうしたら貢献できるのか、どうしたらその人たちのより良い一面を引き出せるのか、そう思ったら、全力を尽くしたいと思いますよね。相手を慮ることと、全力を尽くすことで個人の自由を獲得することは相反するものではありません。自分を盲目的にしてはいけません。己を解放し、自らのベストを引き出すこと。もちろんそのためには、努力を必要とします。その自己規律を保ち続けることによって、人生の本質に迫る、もっとも善き糧を得られるのです。
  • ■日本のみなさんへメッセージをお願いします。
  • メシアンは日本へ深い敬愛の念を持っていました。ハネムーン先に日本を選んだほどです。私もメシアン奏者のひとりとして、日本には特別な想いがあります。メシアン作品を演奏すると必然的に日本を意識しますし、日本の聴衆のみなさんがメシアンの音楽を深く理解してくださっていることも感じています。それは日本文化に息づく聖霊的なものへの畏敬の念の表われかもしれません。この傑作を日本で演奏するまでに、本当に長いこと待ちました。この待ちわびた公演が、私の人生、そして私と日本の関係において、とても大切な節目になると確信しています。

■公演情報

ピエール=ロラン・エマール
ピアノリサイタル

2017年12月6日[水]19:00
会場:コンサートホール

[出演]

ピアノ:ピエール=ロラン・エマール

[曲目]

・メシアン:幼子イエスにそそぐ20のまなざし(全曲)

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[料金](全席指定・税込)

S:¥5,000 A:¥4,000 B:¥3,000

[チケット情報]

東京オペラシティチケットセンター
03-5353-9999(電話 10:00〜18:00/店頭 11:00〜19:00/月曜定休)

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コンサート情報

ピエール=ロラン・エマール
ピアノリサイタル


2017年
12月6日[水]19:00
コンサートホール

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東京オペラシティ コンサートホール/リサイタルホール


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