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エッセイ:新時代のコスモポリタンペーテル・エトヴェシュの世界
インタビュー:「僕にとって音楽面での父親的存在」藤倉 大 ペーテル・エトヴェシュを語る

インタビュー

「僕にとって音楽面での父親的存在」
藤倉 大(作曲家) ペーテル・エトヴェシュを語る

(2014年2月25日 取材:東京オペラシティ文化財団)

ペーテル・エトヴェシュ

■エトヴェシュさんとは以前からとても親しい間柄だそうですね。

藤倉:僕が作曲家としてのキャリアをスタートさせた頃から、一番お世話になっているのがエトヴェシュなんです。もちろんブーレーズにもお世話になりましたが、エトヴェシュはそれ以上の存在で、言ってみれば僕にとって音楽面での父親的存在。僕が作曲家として成長していくなかで、多くのことを本当にこまめに教えてくれた大切な人です。
ペーターとの馴れ初めは、ロンドンシンフォニエッタが始めた「Blue Touch Paper」という教育プロジェクトがきっかけでした。僕が大学院生だった2002年のことです。それは委嘱作を書くだけでなく、メンターをつけてくれて短時間ながら譜面も一度見てもらえるというものでした。それで僕は一番好きだったエトヴェシュにメンターになってもらえたら…と思ったんです。彼は指揮者としてもイギリスによく来ていたし、CDもいっぱい出ていたし、でもそうしょっちゅう会えそうな人ではなかったので。
実際に会えたのはそれから7か月後でした。でもその7か月の間には、僕にとって全く予期せぬ色々な出会いが続きました。ペーターには楽譜とCDをいくつか送っていましたが、彼と会うまでの7か月間は全く音沙汰もなし。でもその間にベルリン芸術アカデミーとか、アンサンブル・モデルンとかドナウエッシンゲン音楽祭の監督とか、全く知らない人たちから僕宛にメールや電話がきて…。その頃の僕は日本はもちろんヨーロッパでも全然知られていなかったから、最初はコンピューター・ウイルスとか間違い電話かと思った位(苦笑)。勇気をだして彼らに「なぜ僕に連絡を?」と聞いたら、ペーターが「(藤倉の)音楽を知ってみるといいよ」という感じで、あちこちに紹介してくれていたようでした。
そんな風にいろいろなチャンスが広がっていった中で、書き上げた曲の一つが、2005年にドナウエッシンゲンで委嘱・初演されたトロンボーンとオケとライヴエレクトロニクスの作品で、ペーターが指揮をしてくれました。
その後何年か経って、僕がペーターの奥様を通してその時の御礼を伝えたら、「でもあなたにしてあげられる事は、ドアを見せるだけだから。ドアを開けて入らなきゃいけないのは自分自身。それで上手くいっているなら、すべてをペーターのお蔭なんて思わなくていいのよ」と、ペーターの言葉を代弁してくれたんですが、彼の若い頃からを知っているアルディッティ弦楽四重奏団の元メンバーだった人も、「ペーター自身がまだあまり知られていない頃から、彼は凄く親切で、自分を売り込むべきなのに他の作曲家の作品のことを、“この間聴いたあのすごい面白い曲知ってる?”みたいによく言っていて、とても印象的だった」って話していましたね。

■藤倉さんからは、作曲家・指揮者エトヴェシュとはどのように映っているのでしょう?

藤倉:本当にすごい頭脳の持ち主だと思います。記憶力とかも含めて。
僕の作品をペーターに初めて指揮してもらった時に感じたのは「彼の耳からは逃げられない」という事ですね。ハリー・スパーニーというバスクラリネットの神様みたいな人も言ってましたが、ペーターは絶対音感がもの凄い鋭敏で、とにかく他の人とは違うって思ったそうです。
それから指揮している時も普段も、彼のジェスチャーはとても優しくて繊細なんです。作曲家として僕がリハーサルで「あの部分が合ってない」なんて指摘すると、もちろん彼はリハーサルをしてくれますが、時には「これは your promblemだ」って、皆に聞こえないようすごく小さな声で配慮して言ってくれたり。芸術家としての部分と現実的な面のバランスの良さ、とりわけプラクティカルなところからも本当に多くを学んでいて、あんな風になりたいと僕は常に思っているんです。難しいことを言う作曲家や芸術家はたくさんいても、結果がすべてですから。

■エトヴェシュ作品について、特に印象深く感じるのはどんな点ですか?

藤倉:たとえば彼の代表作の《IMA》とか《アトランティス》の持つ浮遊感のようなものって、リハーサル室での練習だと全然感じないし、CDでもその部分は感じにくい。でもコンサートホールで聴くとすごいエフェクティブ(効果的)なんですよ。それって彼の作品全部に言えると思います。指揮者でもあるからホールでどう鳴るか、より判るんでしょうね。彼の曲は実際にホールの客席に座って、空間全体を体感しながら聴いてこそ良さがすごく判ってくる。あと彼の作品は、音の作りが不思議というか、ある意味すごく変わっているかな…と。ちょっと渇いている感じもしなくもないし、変わってないようにみえて変わっている。あと心地よく聴ける(笑)。大ヒットしている『三人姉妹』、このオペラだってアコーディオンで始まる冒頭の音楽から全く違う世界にいるような感じがして凄いじゃないですか?僕はあんなオペラ聴いたことなかったですよ。

■ヨーロッパではエトヴェシュさんは、どのように捉えられているのでしょうか?

藤倉:リゲティやクルターグはハンガリーの作曲家という感じがしますが、ペーターの場合、大陸というか、ヨーロッパ的な感じがしますね。話していても、ハンガリー人だっけ?!って感じることの方が多かったですし。
ヨーロッパでは彼の評価はもうほんとうに凄くて、ただ、偉ぶるような振る舞いをする人じゃないから、僕自身たくさんの人から彼の話を聞いて「ああやっぱり凄い人なんだ」って再認識したりも…(笑)。
現代音楽の指揮が上手いだけじゃなく、すばらしい音楽家ですよ。どの世紀に生まれても音楽家として絶対成功していたと、僕は思いますね。

©Milena Mihaylova

藤倉 大(作曲家)

1977年大阪生まれ。15歳で渡英し、ベンジャミンらに師事。セロツキ国際作曲コンクール優勝をはじめ、ヒンデミット賞、ギガ・ヘルツ賞特 別賞、尾高賞、芥川作曲賞、武満徹作曲賞などを受賞している。ザルツブルグ音楽祭、ルツェルン音楽祭、BBCプロムス、バンベルク響、シカゴ響、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、シモン・ボリバル響、アルディッティ弦楽四重奏団などから作品を委嘱され、これまでにブーレーズ、ノット、ドゥダメル、エトヴェシュなどが作品を演奏している。2015年3月にはシャンゼリゼ劇場、ローザンヌ歌劇場、リール歌劇場の共同委嘱によるオペラ『ソラリス』が世界初演予定。録音は、NMC、commmons、KAIROSから作品集が、楽譜はリコルディ社から出版されている。
http://www.daifujikura.com/

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