プロジェクトN

project N 33 長井朋子 NAGAI Tomoko
《森での話》

《森での話》
油彩, アクリル絵具, キャンバス 182.0×227.5cm 2007 photo: WATANABE Ikuhiro
 
無言劇のファンタジー

まるで子どものおもちゃ箱をひっくり返したような絵画。初めて長井朋子の絵を見たときの印象はこんなだったように記憶しています。もっとも、その後に襲ってきた感覚はうまく説明できません。意味不明な個展名「バラも馬に歌にミドリも庭」と同様に、しばしば彼女が自作につける奇妙な題名のせいもその原因だったかも知れません。しかし、それ以上に、いかにも少女趣味的といえるようなモティーフ ─ 人形、動物、シャンデリアなど ─ が、繰り返し登場することが不思議に思われ、それをどう解釈すべきかわからなかったというのが正直なところです。一見それぞれの絵に連続性はなさそうですが、それにもかかわらず、同じような人形や動物たちが繰り返し登場する絵には何らかの物語が隠されているように感じられたからでした。

後になって本人から直接聞いた話ですが、彼女は多くの場合、背景の描写、すなわち場面の設定から作品制作を始めるそうです。こうして、絵は、森になり、雪景色になり、海辺になり、部屋になります。創造されたばかりのその世界に、個々のモティーフを散りばめてゆくのが彼女のひとつの制作方法です。言葉ではいい表わせない雰囲気までを含め、日常生活のなかで心の琴線に触れた"描きたいもの"を、自分の描きたいままに表現する ─ これが彼女のスタイルの最大の特徴といえるかも知れません。たとえば、長井が、画面のどこかに、自分の部屋にあるティーカップの絵柄をそのままもちいたクッションを描くとき、そのクッションは、色彩的にも、形態的にも、そしてクッションというモティーフの面においても、必要不可欠な存在になるのです。つけ加えれば、長井は、描く対象に応じて、それに相応しい画材を選ぶ。彼女の作品において油彩、アクリル絵具、水彩、色鉛筆、鉛筆、パステルなどが混在するのはそのためです。

《緑まう林のなかで》
《緑まう林のなかで》
油彩, アクリル, キャンバス 89.4×130.3 cm 2007
photo: WATANABE Ikuhiro

同一のモティーフが異なる作品に繰り返し描かれることも、"描きたいもの"を描くという、彼女の基本姿勢に由来するものでしょう。《緑まう林のなかで》に小さく描かれたクマたちは、シルバニアファミリーという人形のおもちゃだそうで、幼い頃の彼女は人形ハウス遊びで夢中になっていたそうです。ときどきその人形ハウス遊びが昂じて、家のなかだけでなく、人形たちを屋外に持ち出してさまざまな情景をつくって遊んだといいます。実際にシルバニアファミリーは彼女の作品にしばしば登場するのですが、ある意味でそれは、彼女の原風景と呼んでも差し支えないかも知れません。

ルーマー・ゴッデンの『人形の家』(瀬田貞二訳、岩波少年文庫、新版2000年)では、オランダ人形トチーを中心とする人形たちと彼らで遊ぶエミリーとシャーロットの姉妹、それぞれの視点から描かれた児童文学です。そこに登場する人形たちは、思いどおりにならないものの、子どもたちの願望に副おうとし、他方、子どもたちは人形の会話を理解できないものの、その「願い」を感じることができます。もちろん、『人形の家』の主人公は、自身では何もすることができず、させてもらうしかない、できるとしたら願うことだけという人形たちにほかなりません。たとえ無言ではあっても、長井の描く人形たちは、実際の人形とは異なり、その喜怒哀楽を隠そうとはしません。画面に描かれた世界のなかで、たとえばクマや人形は明らかに泣いています。ものいわぬその人形たちの声に耳をしばらく澄ましてみれば、必ず長井朋子の作品は何かを語り始めることでしょう。

展示風景
展示風景  


長井朋子 NAGAI Tomoko
1982 愛知県生まれ
2006 愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻卒業
現在, 神奈川県在住
   
個展
2007 「バラも馬に歌にミドリも庭」, トーキョーワンダーサイト本郷, 東京
「バラも馬に歌にミドリも庭」(シンジュク アート インフィニティ 第1回企画展),
(株)丸井 旧マルイシティ新宿工事仮囲い盤面, 東京
   
グループ展
2005 「マンドラゴラと3本の角」, YEBISU ART LABO, 名古屋
2006 「カウパレード東京 in 丸の内2006」, 丸の内(屋外展示), 東京
「トーキョーワンダーウォール公募2006」, 東京都現代美術館
装丁
  ・豊島ミホ,『ぽろぽろドール』,幻冬舍,2007年
・ユッタ・リヒター,古川 まり 訳,『川かますの夏』,主婦の友社,2007年
参考文献
  • 「自分が作り出す色の中に視界が全部入っていく瞬間が好き」,『marui 2007 autumn style magazine』(フリーペーパー),special issue,2007年9月,pp.18-19

 

■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2008.4.12[土]─ 6.29[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日 :月曜日(ただし4/28、5/5は開館)
入場料 :企画展「F1 疾走するデザイン」の入場料に含まれます。

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756