プロジェクトN

project N 32 名知聡子 NACHI Satoko
メリーゴーラウンド

《天井の下》
アクリル、パネル 220.0×510.0cm 2007 Photo: 大須賀信一
 
絵のなかの「私」/「私」をみつめる「私」

名知聡子が描く絵のなかにはしばしば彼女自身が登場します。2006年、彼女は愛知県江南市内の築100年以上の日本家屋を改装したギャラリースペースで、1ヶ月間かけて巨大な壁画を制作しました。《美しい結末》と題されたその作品は、一室の壁3面に裸体の少女が横たわる姿を大きく描いたもので、大画面にもかかわらず、その表現は細部に到るまでリアルで克明に描写されていました。一糸まとわず澄んだ瞳で虚空を見つめるかのような少女は、作家自身で、人形になって死んだ姿でした。傍らに描かれた腐敗しはじめたバナナの皮は、時間の残酷さや永遠の純粋さを想起させていました。たとえ思春期特有のナルシスティックな妄想だとしても、それを大画面に昇華させたその才能と技量には眼を見張るものがありました。

《美しい結末》もそうでしたが、名知の作品の底辺には、彼女が特別な存在とみなすある異性や自分自身に対する感情が横たわっています。2007年春に発表された《天井の下》では、その最愛の男性と抱擁する場面を描きますが、まだたぶんにセンチメンタルな要素が感じられ、《美しい結末》に近いものがあります。もっとも、作家自身がこの作品についてレクイエムと呼ぶように、それはある意味でひとつの通過儀礼だったのかもしれません。最新作の《ポートレイト》は、いわばその少女の成長した姿を伝えてくれるようです。長い黒髪の風になびかせながらこちらをみつめる、その思いつめた表情には、すでにナルシシズムの面影はみられません。おそらく彼女は、鏡に向き合っているのではなく、心から恋こがれる男性の前に立っているのでしょう。だから、何か言いたげに半ば口を開くものの、言葉を切り出せず、その代わりにただただ相手を凝視しています。こわばった顔に期待と動揺が入り混じるものの、それでも相手をしかと見据える眼差しからは、彼女なりの強い意思が伝わってきます。そうした積極的な意思のあり様は、もう1点の最新作《幸福と絶望》にもよりストレートに表明されています。

scene
《ポートレイト》
アクリル絵具, パネル 162.0×135.6cm 2007
Photo: 怡土鉄夫

いうまでもなく、長い美術の歴史においてはさまざまな自画像が描かれてきました。三浦篤編『自画像の美術史』(東京大学出版会、2003年)は、自画像と称される画家の自己表象がいかに特殊で重要な問題をはらむジャンルであることを概説しています。自画像の形式的分類からすれば、名知聡子の自画像は自己省察という範疇に属するでしょう。もっとも、それは、ブログのような、たんなる日常生活の絵日記的な描写にとどまるものではありません。文学でたとえるならば、名知の絵画は私小説とか心境小説と呼ばれるものよりも、教養小説(ビルドゥングスロマン)と呼ばれるものにむしろ近いかもしれません。自分自身をみつめる眼差しという点ではカーロの絵と共通しますが、そのときどきの赤裸々な心情の吐露ではなく、彼女にとって重要なある異性をいわば時空的な座標軸にした、自己確(アイデンティティ)という性格を強く帯びているようです。いい換えれば、自己をいかに客観的に捉えるかではなく、自己をみつめる眼差しそのものをいかに客観化できるかが重要なのです。卑近な日常に題材をもとめる作家が多い現代において、自己の姿を真正面から描き出す名知聡子のような作家は、少なくとも日本においては稀有であり、貴重な存在といえるでしょう。

 

展示風景
展示風景  




名知聡子 NACHI Satoko
1982 東京都生まれ
2005 名古屋芸術大学美術学部卒業
現在、愛知県在住
   
個展
2004 ギャラリーMOCA,名古屋
   
グループ展
2005 「ON」,ギャラリー山口,東京
「daily work」,dot,北名古屋
2006 「ホームメイド」,+ギャラリー,江南,愛知
2007 「第26回損保ジャパン美術財団選抜奨励展」,損保ジャパン東郷青児美術館,東京(カタログ)
「新進アーティストの発見inあいち」,愛知芸術文化センター,名古屋(報告書)
「daily work 2007」,dot,北名古屋
「GIRLEXHIBITION」,Lギャラリー,名古屋
参考文献
  • 能勢陽子「学芸員レポート 『ホームメイド』」展」,『artscape アートスケープ』(http://www.dnp.co.jp/artscape/exhibition/curator/ny_0603.html),大日本印刷株式会社,2006年3月1日
  • 吉住琢二「個性派沿線ギャラリー 若手作家ら発表の場に」,『朝日新聞』,2006年3月7日
  • 堀元彰(「美しい結末」推薦理由),『第26回損保ジャパン美術財団選抜奨励展』,財団法人 損保ジャパン美術財団,2007年3月,p.55
  • 名知聡子(コメント),『「新進アーティストの発見inあいち」実施報告書』,新進アーティストの発見inあいち実行委員会,2007年3月,p.32
  • 原久子「展覧会レビュー 『新進アーティストの発見inあいち』美術部門展示」,『artscape アートスケープ』
    http://www.dnp.co.jp/artscape/exhibition/review/070415_01.html#t01),大日本印刷株式会社,2007年4月15日
  • 山内宏泰「特集 『アートマーケット』のしくみが知りたい! コレクター訪問2」,『美術手帖』,美術出版社,2007年4月号,p.68
  • 名知聡子(インタヴュー),『Artholic』
    http://www.geocities.jp/a_rtholic/Archive/vol00907-12/interview.html),Artholic Freepaper,vol. 9, 2007年12月15日

 

■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2008.1.26[土]─ 3.23[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、2月10日(全館休館日)
入場料:企画展「池田満寿夫 知られざる全貌」の入場料に含まれます

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756