収蔵品展025 清らかなもの ─ 舟越保武・長谷川潔を中心に 西田俊英《煙雨山河》
舟越保武《聖クララ》
ブロンズ
46.0 x 48.0 x 27.0cm, 1978


清らかなもの ─ あるいは、〈聖〉の造形

異なる画家が描いたにもかかわらず、たとえば画面構成や主題などの点で、よく似かよった作品を見出すことがあります。本来まったく無関係な作品同士でも、その醸し出す"雰囲気"が酷似する例もままあるのでしょう。たんなる印象といってしまえばそれまでですが、そこには何らかの理由があるはずです。宗教的題材を独特の流麗な作風に造形化した彫刻家・舟越保武(1912〜2002)と、マニエール・ノワールと呼ばれる特殊技法により深みのある諧調のなかに清新な世界を表現した銅版画家・長谷川潔(1891〜1980)。世代もジャンルも異なる2人ですが、その作品には奇妙な親和性が認められます。端的にそれをいい表わす言葉を探せば、清楚、清澄、静謐などでしょうか。

舟越保武は1912(大正元)年、熱心なカトリック教徒だった舟越保蔵の長男として岩手県一戸町に生まれました。父への反抗心から頑なに洗礼を受けなかった彼が洗礼名アンジェリコを授かったのは1950(昭和25)年のクリスマス・イヴのことで、その重大な契機は生後間もない長男を2年前に病気で失ったことでした。以後、キリスト教に題材をとった作品を数多く手がけるようになります。一方の長谷川潔は、1891(明治24)年横浜に生まれました。版画家としての出発点は、自画自刻自刷による木版画でしたが、フランスに渡り、長らく途絶えていたマニエール・ノワール(英語ではメゾチント)の技法を再創造した風景版画によって高い評価を得ました。長谷川は1918年に渡仏し、それ以後1980年に89歳で没するまで一度も帰国することはなかったため、この2人のあいだに直接的な接点は何もありません。また、同じ人物像でも、舟越の場合にはキリスト教に題材をとった聖人、聖女や肖像がほとんどですが、長谷川はヴィーナスなどの女神や裸婦を多く描きました。表層的な相似というよりは、創作行為の本質にかかわるような、より深い何かがこの2人の作品に親近感をもたらしているのでしょう。

長谷川には神秘主義者ともいえるような側面がありました。散歩中に不意に「ボン・ジュール!」と語りかけてきた一本の街路樹に、長谷川もすかさず「ボン・ジュール!」と応答したというエピソードはあまりにも有名です。「私は白昼に神を視る」と書いて憚らなかった長谷川に対して、舟越は、敬虔なクリスチャンとして制作をつづけましたが、そんな彼にも自身の神秘的な体験を告白するエッセイがあります。「聖クララのデッサン」と題された短いエッセイで、聖クララのモデルに関する不思議な話を綴っているのです。アッシジのサン・フランチェスコ聖堂から帰る際、近くの回廊で雨宿りをしていると、若い修道女がやはり雨宿りに現われ、「この世の人とは思われないほど美しい」その人の記憶が数年後に聖女クララになったといいます。ですが、同行していた夫人にその話をすると、修道女はいなかったと否定されてしまったというのです。

西田俊英《煙雨山河》
長谷川潔《裸婦(春):水浴の女》
ドライポイント(ダイヤモンド刻)、紙
63.5 x 46.3cm, 1930

長谷川が白昼に神を視ていたように、舟越も横顔しか見ていないその修道女の記憶からデッサンを描き、さらに彫刻を制作しました。舟越彫刻の特徴とされる正面性がその作品に一種の神聖さを付与するのに大きく貢献しているのは間違いなく、《聖クララ》にまつわるエピソードは、その正面性が現実ではなく、彫刻家の想像力によって具現化されたものであることを教えてくれて興味深いといえます。一方の長谷川潔の女性像も、たんなる肖像ではなく、女神であり、あるいは、《永遠》《夢》のような観念を象徴する裸婦像です。マニエール・ノワールの技法で有名な長谷川ですが、おそらく「神を視る白昼」の表現には、「黒の技法」よりも、ドライポイントやビュランの方が相応しいものだったのでしょう。

舟越桂《冬の教え》
舟越桂《冬の教え》
エッチング、紙
75.0 x 54.1cm, 1993

もっとも、晩年の舟越の作品は、聖性の表出が美醜という表面的な次元のものではないことを教えてくれます。1987年舟越は脳梗塞のため右手の自由を失い、以後左手による制作をはじめます。《ゴルゴダ》《聖マリア・マグダレナ》はこの時期に制作されたものです。そこには、理想美とは異なる、いわば異形の崇高さが感じられるでしょう。聖なるものとは、表層ではなく対象の内面から発せられることの何よりの証しかも知れません。

 

ギャラリー4展示風景 ギャラリー4展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2008.1.26[土]─ 3.23[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、2月10日(全館休館日)
入場料:企画展「池田満寿夫 知られざる全貌」の入場料に含まれます

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:小田急電鉄株式会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756