プロジェクトN


プロジェクトN21 中岡 珠美 期間205年4月8日-26日
FALL Line
  《FALL Line》
アクリル絵具、油彩、カシュー、キャンバス 140.0 x 140.0 cm, 2004
(c) Nakaoka Masumi / O Gallery eyes


風景の翻訳

長身者大国オランダのあるアーティストがかつて来日したとき、空港で「あぁ…ここは何だか全てを80%ぐらいにしたみたいだね。」と言ったエピソードがあります。彼にとって日本は、オランダを2割縮小したスケールの国に感じられたのでしょう。また、初めて行く「徒歩8分」の場所が、行きは10分、帰りは正しく8分に感じられたりするのもよくあります。主観で変化するこうした個人の曖昧な感覚は、普通は具体的な数字ではなく「少し大きい(小さい)」「少し遠い(近い)」と表現されることの方が多いでしょう。ですがこの「少し」をあえて数値化すると、「現実との差異20%」という仮説を立てることができるかもしれません。 そう思ったのは、中岡も「アトリエと家との往復の中で見る、オフィス街と街路樹や高層ビル(予想より20%くらい大きかったり小さかったり。その遠近感の狂い。その心地よさ)…[略]…それらのアンバランスでありながらも必然性を持ち合わせているかのような強さや魅力に思わず見入ってしまうことがあります。」(*1)と述べていたのを思い出したからです。現実との差が明らかに大きい場合は誰もが強い違和感を覚えますが、20%程度であればそれは意識した人だけが興味を引かれることになります。しかし人は、しばらくするとその状態に慣れてしまうので、この「少し違う」という感覚を保つのは逆に難しいぐらいです。中岡はそこで20%の違和感を意識することから出発し、制作過程でさらに違和感の元となる要素を誇張、あるいは排除することで、最終的に自分の感覚に基づきながら元の風景とは違う、100%新たな独自のイメージを作り上げているのです。

unclear-cut
《unclear-cut》
アクリル絵具、油彩、カシュー、キャンバス
155.0 x 140.0 cm, 2004
(c) Nakaoka Masumi / O Gallery eyes


スキマのたまり
《スキマのたまり》
アクリル絵具、油彩、カシュー、キャンバス
112.0 x 162.0 cm, 2004
(c) Nakaoka Masumi / O Gallery eyes
近年多くの作家がそうであるように、中岡も記憶ではなく、全て写真に撮った風景を元に描いています。写真を素材にする理由は作家によって異なりますが、対象を客観的に扱うという点では共通しているでしょう。思い出やセンチメントを排除し、主観的な自己表現や対象の単なる再現に終始しないよう、距離を置いて客観的なイメージを作り上げるのです。そうすると作家の個性やオリジナリティはどこに反映されてるのでしょうか?対象を再現するのにも創造性や作家性が求められますし、ゼロから想像力でもって何かを表現する際にはそれが顕著に現れます。ですがそのいずれでもなく、中岡の特性は「変換」において本領発揮されます。
「風景を形に置き換えキャンバスに移し置いていく」(*2)という中岡の制作は、言うなれば中岡の手による風景の翻訳作業です。中岡の場合、写真は翻訳のオリジナル・テキストに相当するものと言えるでしょう。全く知らない外国語で具体的な意味内容が分からなくても何となく伝わることがあるように、中岡の作品は元になっている写真の存在を知らなくても、完全に抽象的なイメージには飛躍せず、どこかまだ風景と認識させる範囲に留まっています。また、同じテキストであっても翻訳者によって随分と違うものになることがありますが、画面が向かうべき方向性のガイドラインとなっているのが、中岡が実際にその風景のなかで体感した時間、光、風といった個人的な感覚です。正確に意味を置き換える翻訳とは異なり、ここで作家が感じた必然的なアンバランスさ、つまり先述の「20%の違和感」が挿入され、風景が中岡流の作品に生まれ変わっていくのです。



下地のジェッソの見事にフラットな白のうえに、にじみながら柔らかく広がるアクリル絵具の色彩、その上からゆっくり垂れ落ちてくる蜜を思わせるアクリル絵具やカシュー(人工漆)の色の流れ、そしてそれらの合間をしゅるしゅるっと自在に浮遊するカシューのシャープなリズム。不協和音は複数の異なる素材の特性から織り成されています。それらが時に主張し、時に溶け合うことで一体となり、全体のゆったりとした、かつダイナミックな流動感を生み出しています。中岡が創出する風景は写真に撮った瞬間に留まらず、絶えずゆっくりと移ろい、流れゆく時間をも取り込んでいるかのようです。
風景画として存在するぎりぎりのラインを保ちながら、個人の感覚という、不可視で一般的には共有されない曖昧なものを視覚化すること。その試みの結果を美しいと感じるとき、私たちはきっと、中岡が感じた少しアンバランスな風景の心地よさを共有しているのです。

*1:ポートフォリオの作家自筆コメントより

*2:(作家コメント)『トナリノマド KOBE ART ANNUAL 2004』
神戸アートビレッジセンター、2004年10月22日、p.6


中岡 真珠美 NAKAOKA Masumi
1978 京都府生まれ
2002 京都市立芸術大学美術科卒業
2004 京都市立芸術大学美術研究科絵画専攻油画修了、大学院市長賞受賞
第19回ホルベイン・スカラシップ奨学生
2005 「第1回倉敷現代アートビエンナーレ・西日本」準グランプリ受賞
現在、大阪府在住
   
個展
2004 Oギャラリーeyes、大阪
   
グループ展
2002 「vector12」、海岸通りギャラリーCASO、大阪
2003 「ART CAMP in CASO」、海岸通りギャラリーCASO、大阪
「Tourbillon」、Oギャラリーeyes、大阪
「ART UNIV. 2003」、大学コンソーシアム京都、京都
2004 「神戸アートアニュアル2004トナリノマド」、神戸アートビレッジセンター、神戸(パンフレット)
「第2回UI Wang国際プランカードアート2004」、ペガン湖岸、儀旺、韓国
「Unnatural II アンナチュラル2」、Oギャラリーeyes、大阪/Oギャラリー、東京
2005 「第1回倉敷現代アートビエンナーレ・西日本」、倉敷市立美術館、倉敷(カタログ)
参考文献
岡部あおみ、加藤義夫、中井康之「審査員概評」、『倉敷現代アートビエンナーレ・西日本』、倉敷市/倉敷市文化振興財団、2005年3月5日、pp.62-63


■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2005.4.8[金]─ 6.26[日]
開館時間:12:00 ─ 20:00(金・土は12:00 ─ 21:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日 :月曜日(ただし 5月2日[月]は開館)
入場料 :企画展「谷口吉生のミュージアム」の入場料に含まれます。
主催:(財)東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756