projectN 14 :井上 実 INOUE Minoru

2003.8.5[火]─ 10.15[水]



一葉からの飛躍
離陸後、地上からぐんぐん上昇する飛行機の窓から見下ろした土地。もしくは街全体に水路が張り巡らされた、水上に浮かぶ群島の地図・・・。
小ぶりなキャンバスの、パズルのような色面を統合している白く塗り残された部分が、描かれていない葉脈や茎、葉の一部であることに気づくと、ようやく画面には植物のイメージが浮かび上がってきます。
《キンレンカ》
油彩、キャンバス 45.5×38.0cm
2002
Photo: 早川宏一


現在に至るまで一貫して井上を惹きつけるモチーフは、ポトス、アイビー、コリウスといった観葉植物や、花屋の店先の花、道端の雑草です。
今回の新作の一群でも、《ゼラニウム》(2003)、《あじさい》(2003)、《黄色い花をつけた雑草》(2003)など、私たちにもおなじみの植物が多く描かれています。近作になるにつれて、密集していた色面が徐々に解体され、塗り残される空間が増えていますが、それに合わせて井上がモチーフを見る視線も自然と地上に降りてきて、目の前にあるものを眺めるときの距離に落ち着いてきたようです。ですが、図柄としては、画面のなかにタイトルどおりの植物を認識するどころか、上下左右を判別するのでさえ困難なほど複雑なイメージになってきているため、ストレートなタイトルは、鑑賞者の幅広い想像を、より一層、可能にしているでしょう。
《ゼラニウム》
油彩、キャンバス 33.3×33.3cm
2003
Photo: 早川宏一


井上は「見えたとおりに描こうとしている」と言います。その画面は抽象的になるよう、意図して構成されたのではなく、むしろ作家の目に映ったとおり、忠実に描かれた結果なのです。ただしそれは、観察を基にした写実主義とは異なります。
井上は植物そのものを目前に置き、精緻に観察するのではなく、ほとんどの場合、自分で撮影してきた植物の写真を基に描いています。その際、写真を転写するフォト・ペインティングとも異なり、作家の目は植物全体の形をスキャニングすると同時に、葉のなかの葉緑素にまで到達しそうな勢いで、その細部にも没入しています。一見、未完成にも見えるムラや描き残した鉛筆の線、塗られた面と塗り残された部分の差は、そのまま井上がどこをどれだけ見ているかの現れとも言えます。
《黄色い花をつけた雑草》
油彩、キャンバス 38.0×53.0cm
2003
Photo: 早川宏一


井上が自分の眼に正直であろうとする姿勢は、素材と技法に対するこだわりにも見られます。逆光を受ける葉、光が透過して見える葉の裏、茎と花の重なり具合などの質感の違いを表現するため、使用するキャンバスの布や絵具の溶き方も、その違いに応じて厳選されます。また、木炭のような粉っぽい質感の再現に執着する一方で、水分を多く含んだ水彩画のような描き方も見られ、同じ油彩でありながら相反する質感の表現が一枚のキャンバスに同居しています。構図もさることながら、キャンバスの表面に絵具の顔料が浮いてみえるマットな部分と、水分によって布地に溶け込んでみえる部分との異質感によって、鑑賞者の頭のなかでしっかりとした奥行きを組み立てるには不安定な空間が生み出され、二次元とも三次元とも、そのどちらの間ともとれるような、浮遊感のある画面空間が現れているのです。
展示風景


複数の井上の作品を見ていくと、細部への没入と全体を眺める視線、それを表現する異質な絵具の質感といったものがひとつの画面に統合されていることで、作家の目が、現実とその延長線上に続く別世界を往復していることが窺えます。現実から別世界までを見通す井上の眼差しとその想像力は、詩的で、広大なものです。。
しかしながら、キャンバスから無限に広がる別世界への飛躍を可能にしているのは、私たちの想像力でもあるのです。たとえ作家に豊かな想像力があったとしても、鑑賞者とどこかで共有できなければ、そこには無言の断絶しかないでしょう。作家は作品によって、別世界への扉を示す存在であり、飛ぶのは私たちなのです。ですが、その扉自体は何も重厚なものである必要はありません。道端の一枚の葉でさえ、井上の筆によってその扉としての役割を十分に果たします。ほんの小さなきっかけからどれだけ想像を広げられるか、足元の地点から何処まで遠くに飛べるか。キャンバスを通して我々に与えられたその可能性の広さは、扉の向こうに広がる、井上の飛躍能力の存在を伝えています。
展示風景





井上 実 INORUE Minoru
1970 大阪府生まれ
1991
東京造形大学造形学部美術科 I 類入学(92年中退)
1992 フランス滞在(1993年12月まで)
現在、東京都在住

主な個展
1997 ギャラリー現、東京
1998 ギャラリー現、東京
1999 ギャラリー現、東京
2000 なびす画廊、東京
2001 ギャラリー現、東京
2002 ギャラリー現、東京
人形町エギジビットスペースVISION'S
Ningyo-cho exhibit space Vision's

主なグループ展
1994 「展覧会 井上実/山本光輝」、八王子美術アートセンター、東京
2001 「minimum continuation/継続」、exhibit LIVE、東京


インフォメーション
場所:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2003.8.5[火]─ 10.15[水]
開館時間:12:00 ─ 20:00(金・土は12:00 ─ 21:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日・但し10月14日を除く)

入場料:企画展:ガール!ガール!ガール、収蔵品展015「難波田龍起─晩年の仕事 1988-1997」の入場料に含まれます。

主催:(財)東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel.03-5353-0756