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《そこにある それもまた 127》 岩顔料、雲肌麻紙、パネル 130.3×194.0 cm 2020-21 photo: Kei Okano |
連環する世界 ── 松田麗香の絵画 |
一見、部分的にグラデーションのあるモノクロームの画面のように見える。ほとんど同じ色に見えても明暗や色調が微妙に異なる垂直方向のラインがある。色層が幾層にも積み重なることで、画面にはどこかしら荘厳な雰囲気と静謐な佇まいを帯びているのがわかる。
色彩について言えば、暖色系、寒色系いずれのものも存在する。明度の高いピンクやイエローのものもあれば、滋味のある落ち着いた濃緑や紺色のものもある。もっとも、明るい色彩がもちいられた作品でもけっして派手という印象はなく、また、逆に抑制の効いた地味な色合いの作品でも、だからと言って陰鬱な印象を受けることはない。色彩にはかなり幅があるものの、作品が醸し出す雰囲気や気配はいずれもどこか神秘的で、神々しくさえ感じられる。
初期にはモノクロームに限らず、赤、緑、青など、全く異なる色が同一画面にもちいられ、それらが層をなすようにして画面が構成される作品も少なくなかった。最近の作品では、一つの作品にもちいられる色数はかなり限定されている。
画面から感得される一種の荘厳さはむやみに画面に近づくことを躊躇わせるようなところすらあるが、あえて近づいて仔細に画面を眺めると、たんに同系色で塗り重ねられたように見える画面は、おびただしい数の円環(リング)を描き連ねることで成り立っているのがわかる。実際、その制作方法はいたってシンプルかつ規則的で、円環を画面の上から下に丹念に根気強く描き続けるのだという。

《そこにある それもまた 136》
顔料, 雲肌麻紙, パネル
31.8×41.0 cm
2020
松田麗香は、こうした作品制作を2007年以来続けているが、初期の作品では、円環の連鎖は今よりもはっきりと認めることができた。縦に連なる2つの円環は無限大を意味する記号(∞)のようにも見える。それがさらに無数に連なることで鎖(チェーン)のようにも見えるほか、また、見方によっては、カーテンか簾(すだれ)のようにも見える。果たしてそのカーテンの背後には何があるのだろうか。鑑賞者の視線はそうした好奇心にかられるはずだ。
一連の作品は、《そこにある それもまた》と命名されている。より正確に言えば、「そこにある それもまた」の後に数字(現在は3桁)が付けられたものが個々の作品名になっている。ところで、「そこにある それもまた」とは、いったいどう意味なのだろうか。難解な単語は全く使われていないものの、だからこそと言うべきなのだろうか、このタイトルはきわめて含意に富んでいる。いったい何が「そこにある」のだろうか。「それ」という代名詞が果たして何を指し、「そこ」とはどの場所を意味するのだろうか。
単純な単語の組合せながら、「そこにある それもまた」という言葉は、此岸と彼岸、知覚と認識、存在と非在、孤独と集団など、形而上学的な問題を提起してやまない。難しいことを抜きにして言えば、世界の森羅万象が一枚一枚の絵のなかに凝縮されて表現されていると言ってよいだろう。
実在する世界のありのままの姿や隠された真実を表現するとき、絵画はしばしば窓や鏡に喩えられることがある。だが、松田麗香の絵画は、窓とも鏡とも異なっているように思われる。先にカーテンや簾のように見えるとも述べたが、画面の背後に何かが隠されているという点で、御簾(みす)という表現が相応しいように思われてならない。
油絵具やアクリル絵具に比して、日本画の画材である顔料や岩絵具は、その画材によって多少の程度の差こそあれ、概して動きや躍動感を表出するのには不向きと言える。そうした日本画の画材の特性をよく理解しているからだろうか、松田が作品表現のうえで追求するのは、動ではなく、静の表現である。実際、ベースとなっている円環自体が、動よりも静の世界を喚起させる。
また、松田の作品において何よりも見逃せないのは、光の表現だろう。同系色の画面でもどこかにホワイトやグレーが多用され、ハイライトのように白さが際立って見える部分がある。それは、紛れもなく画面の背後に存在する世界からこちらに差し込んでくる一筋の光明に違いない。松田麗香の作品の前に立つとき、私たちが忘我の境地で魅了されるのはその光のためなのだろう。
松田麗香 MATSUDA Reika | |
1982 | 兵庫県生まれ |
2006 | 女子美術大学芸術学部絵画学科日本画専攻卒業 |
2008 | 女子美術大学大学院美術研究科美術専攻修士課程日本画研究領域修了 兵庫県在住 |
主な個展 | |
2004 | Gallery北野坂, 兵庫(05, 07) |
2007 | 藍画廊, 東京(08, 09, 11) |
2010 | 川田画廊, 兵庫 |
2013 | Gallery Q, 東京 |
2014 | Galerie SATELLITE, パリ |
2017 | NICHE GALLERY, 東京 |
主なグループ展 | |
2015 | 「シェル美術賞2015」 国立新美術館, 東京 |
2016 | 「FACE展2016 損保ジャパン日本興亜美術賞展」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館, 東京 |
2017 | 「女子美術大学同窓会 設立100周年記念 若手支援プロジェクト展-まなざしの先に」 丸ビル3階回廊, 東京 |
2018 | 「春」 ALLME ARTSPACE, ソウル |
2019 | 「絵画のゆくえ2019 FACE受賞作家展」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館, 東京 「惑星-PLANETS-」 日本橋三越本店本館6階 美術特選画廊, 東京(20) |
2020 | 「ABSTRACTION JAPONAISE」 ギャルリーためなが, パリ |
受賞 | |
2015 | シェル美術賞2015 本江邦夫審査員賞 |
2016 | FACE 2016 損保ジャパン日本興亜美術賞展 優秀賞 |
2019 | 兵庫県芸術奨励賞 |
会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間: 2021.4.17[土] ─ 6.24[木](当初予定から会期延長)
開館時間:11:00 ─ 19:00(入場は18:30まで)
日時指定予約は行っておりませんので、ご希望の日にご来館ください。なお、混雑時等は密の回避のため入場制限を行う場合がありますので、ご了承ください。
休館日:月曜日(5月3日、6月7日、6月14日、6月21日は開館)入場料:ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展「ストーリーはいつも不完全……/色を想像する」の入場料に含まれます。
主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)