収蔵品展064
異国で描く

2018.10.19[金]— 12.24[月]

西野陽一《茜》

西野陽一《茜》
顔料,紙(二曲一隻屏風)
175.5 x 248.0cm
2003
photo: 早川宏一



古くから旅は多くの画家たちを制作へと駆り立ててきました。インターネットを駆使すれば、世界中の国々へはもちろん、辺境と呼ばれる地へもアクセスできるようになった今、私たちにとっての異国(=遥かな見知らぬ国)は徐々に失われつつあるのかもしれません。ですが、いつの時代にも、自ら海を渡り、異なる文化や風土に飛び込む実体験はさまざまな気づきをもたらしてくれます。現代の画家たちもまた海を渡ります。新たな制作の場を求めて、あるいは異なる文化や風土を深く知るために。本展ではコレクションの中から活動の場を世界に広げ、制作する画家の作品を紹介します。

西野陽一の《飛行家族》や《茜》、《黒い沼》には熱帯の密林に生息する野生動物の姿が描かれます。生きて動いている動物たちの姿を捉えるために現地での観察を重んじる西野は、ダイバーとして海へも潜ります。《竜宮Ⅰ》《竜宮Ⅱ》には色鮮やかな珊瑚が群生する海にさまざまな生物が遊泳するさまが描かれます。浦島伝説にあらわされた別世界を目の当たりにしたことを実感したのでしょうか。魚群の隅々まで描き出す精緻な筆遣いには、生命への畏敬の念がにじみます。

自然の声をきく ── そうした制作態度を松本哲男は生涯貫きました。《トルファン 高昌故城》の舞台は13世紀チンギス・ハンに滅ぼされた城塞都市で、現在は1.5キロ平方におよぶ遺跡となっています。「物ではなくて、そこにある空気を描きたい。そして、それを感じるために旅に出るのです」と語った松本は、地べたに座り、足元に広がる大地を感じながら自然と対話するようにスケッチを重ねました。低い構図からは、画家の目と身体を通した大地と空気の広がりを感じることができます。



八田哲《天空》
八田哲《天空》
顔料,紙
207.0 x 139.5cm
1992
photo: 斉藤新


ヨーロッパの都市に取材して描く画家には廣瀬慶子、岩永てるみ、川崎麻児が挙げられます。岩永てるみの《パリの休日》では、エッフェル塔の透かし細工のようなアーチの彼方にパリの町並みが広がります。ふだんは観光名所として賑わうこの場所を、岩永はあえてひっそりとした場として描いています。私たちはこの場で紡がれてきた物語に思いを馳せるのです。
八田哲の《天空》は、スペインのガリシア州にあるキリスト教徒のサンティアゴ巡礼の終着点、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂をモチーフにしています。細密な線と抑制された色彩から生まれる画面に、スペインの風や土の匂いは感じられません。時空を超え、天空へと伸びる塔の崇高さのみが描き出されます。大聖堂に向けられた八田のまなざしは、自身の生まれ育った京都(ここもまた数々の聖地をもつ場所です)の風土と無関係ではないでしょう。

畠中光享はインド細密画や染織の収集家としても知られ、インドの風俗や仏教を題材にした作品を多く描きます。1974年に初めて渡印して以来、畠中は調査や研究のためにほぼ毎年インドを訪れています。《インドの少女》は純白のサリーと対照をなす上衣の鮮烈な赤、細密な線、あるいは象徴的な人物の表現など、インド美術の影響をそこはかとなく感じさせる作品群ですが、際立つのは独自の観察と探求による人物の巧みな描写です。もっとも畠中のまなざしは旅行者としてのそれではありません。現地にとけ込み、人々の暮らしや営みを見つめることで培われたインドの風土と精神への敬服の念がそこにはあるのです。



畠中光享《インドの少女》
畠中光享《インドの少女》
顔料,紙
164.0 x 91.0cm
1978
photo: 早川宏一


現地の人との出会いは、旅の喜びの一つでしょう。相笠昌義は1979年、40歳で文化庁芸術家在外研修員として1年間スペインに滞在し、スペイン人老若男女と深く交流するなかで100点以上のデッサンを描きました。相笠の作品に通底する人間への温かな眼差しは、この武者修行を通じて育まれていったに違いありません。相笠は帰国後、滞在中に多くの人と親しくなったものの、結局言葉と文化の壁を越えられなかったと打ち明けています。しかし画家として進むべき道を見出したのはそのときでした。「絵画の性格は答えを出すことではなく、見ること、そしてそれを表現することにあるならば、スペインとスペイン人の生活を現実に見、自身の肉目を通して描いた。それだけでよいのかもしれない」。[*]

絵画と旅について述べてきましたが、異なる場所と歴史のもとで自己の内面を見つめた作家たちの仕事も忘れてはならないでしょう。シベリア抑留の体験から肉体と記憶に刻まれた傷を作品にあらわした香月泰男、日本とアメリカ、二つの故郷の狭間で色彩豊かな木版画を制作した内間安瑆、ドイツを拠点に東洋的な線と色と間合いで心象風景を描く猪飼節子 ──。彼らの作品からは、国民性という垣根を乗り越え、紡ぎ出されてきたものが感じ取れるのではないでしょうか。

[*]『LA VIDA EN ESPAÑA 相笠昌義作品集 スペイン・レポート 1979-1984』、彩鳳堂画廊、1984年



■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2018.10.19[金]— 12.24[月]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(12月24日は開館)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「田根剛|未来の記憶 Archaeology of the Future ─ Digging & Building」のチケットでもご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:NTT都市開発株式会社


お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

TODAY'S ART GALLERY

  • 2018年10月21日[日]
    本日の開館時間 11:00 - 19:00
東京オペラシティ アートギャラリー 公式FaceBook