プロジェクトN

project N 72
木村彩子 KIMURA Saiko

2018.7.14[土]─ 9.24[月]

《植物 5月11日(b)》油彩,綿布,キャンバス 37.2×45.2cm 2017 photo: OKANO Kei
《植物 5月11日(b)》
油彩,綿布
37.2×45.2cm
2017
photo: OKANO Kei
草々のなかへ ─ 木村彩子の絵画

木村彩子は一貫して植物をモチーフに絵を描いてきました。自宅近くの花壇、あるいは都市近郊の公園や庭園、時には自然豊かな地方へと出かけることもあります。木村が日常の営みのなかで植物を見つめ、描いていることは、作品タイトルに付された日付や地名からもわかります。
道すがら、花々を見つけた時のよろこび。早春にはスノードロップの無垢な白、初夏の薔薇のときめくようなピンク、冬枯れのなかのピラカンサの実の深紅 ─ 明るい光で満たされた木村の絵は、見ることの幸福を味わわせてくれます。見る者に向かって広く開かれているかのような、甘く穏やかな画面は、時とともに褪せて消え去ってしまうような儚いものではありません。むしろ、しなやかな強さや描くことへの静かで持続的な熱が伝わってきます。

木村は写真を見ながら絵を描くことを基本にしています。制作の手順はおおよそ次のようになります。植物の「気になる」瞬間を写真に撮り、その一部分を素描して植物の生命感をつかみます。続いてアクリル絵具で下塗りして紙のような風合いをもたせた綿布に、下絵なしに直接色を置いてゆきます。綿布の表面からわずかに浮き上がったような透明感は、薄くのばした油絵具に蜜蝋を混ぜることで生まれます。薄塗りでもにじまず、重ねた時に下の層が透けて見えるという特性と、つや消しのなめらかな物質感は、木村が自分の表現にしっくりくるものを求め、辿り着いたものです。

以上に述べたことはあくまでも基本のことです。というのは、木村は実にさまざまな手法を試み、「行ったり来たりしながら」植物を描いてきたからです。本人にとっては、日常の制作のなかでゆるやかにつながっているようですが、その作風は明らかにこの2、3年の間に大きく変貌を遂げています。



《Shiboku-honcho》
油彩,綿布
38.2×40.2cm
2015

まず、従来の作風をふり返ってみましょう。たとえば《Shiboku-honcho》(2015)では、ひんやりした一面の緑にひそむ小さな花の色が、見る者の目を画面の奥へ誘います。画面に多く見られる塗り残された地の色は、植物のシルエットです。塗り残しというのは、描きたいかたちと色に注力した結果生まれたもので、葉の重なりや吹き抜ける風にも見えてきます。地と図を等価に扱うことで多様な空間性が生まれているといってよいでしょう。ただこの時期の作風を特徴づけるシャープな塗り残しは、木村が制作の手がかりとしている写真の白く飛んだそれを彷彿させますし、同時に学生時代に制作していたステンシル(型抜き染色)の影響も感じさせます。

2016年頃になると、木村は普段の制作とは全く別の手法を試みるようになります。従来どおり写真を手がかりにしながらも、直接画面とやりとりをしながら筆致によってイメージを紡ぎ出してゆく描き方で、しだいに新たな作風として展開をみせることになります。《植物9月28日(a)》(2017)には余白がなく、画面全体が色で埋めつくされています。描いたり消したりを繰り返しながらこれという線を探ってゆく過程で、ランダムな方向に走る細かな筆致が空気のゆらぎを感じさせます。ですが奥行きの表現への関心は希薄のようです。おそらくそれ以上に画家の意識は植物の色や生命感に向けられているのでしょう。
こうした線への探求は2018年頃に新たなイメージへとつながってゆきます。これまでに見られなかった大胆なストロークによる絵です。《Yoyogi Koen 13 April (b)》(2018)を、木村は立ってスピーディーに描きあげました。画面に残された身体の動きの軌跡は、競い合うように伸びるチューリップの勢いそのものとなって画面に強度をもたらしています。



《Miyazakidai 2 April》
油彩,綿布
60.2×70.2cm
2018
photo: YANAGIBA Masaru

木村は写真を見ながら絵を描く理由について「ウソがないと思えるから信用できる」とコメントしています[*01]。これはどういう意味なのでしょう。何よりも自分の感覚を信じて描くことを信条としてきた木村がなぜ写真を必要とするのか、矛盾するように思われるかもしれません。しかし対象を現実の生々しさから一旦切り離し、中立化させて蓄えておくことは、木村が自らの感覚を呼び起こし、研ぎ澄ますために必要なことなのでしょう。写真とは、そのきっかけにすぎないのです。

かつて作曲家・武満徹は人類学者・川田順造との往復書簡のなかで、「もの」として存在する音についての想念をこう述べています。「樹を見るように、樹を感ずるように、(私は)音とも触れたいと思います」[*02]。木村にとっての植物は、たんに再現すべき対象なのではありません。時には感覚を受け入れるうつわとなり、絵を描かせ、さまざまな視点をもたらしてくれる、自然への探求そのものの導き手なのです。




[注*]
01:木村彩子(コメント)、『絵画の現在』、府中市美術館、2018年、p.28
02:武満徹/川田順造『音・ことば・人間』、岩波書店、1990年、p.72


木村彩子 KIMURA Saiko
1979 東京都生まれ
2003 東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業
2004 東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻研究生修了
現在,神奈川県在住
   
主な個展
2006 switch point,東京(2007, 10,12,13,17)
2007 「sansaku nikki」,ギャラリー椿/GT2,東京
2012 GALLERY CAPTION,岐阜(2014,15)
   
主なグループ展
2010 「Paintings」,GALLERY CAPTION,岐阜
2013 「第9回造形現代芸術家展 混沌の涯から」,東京造形大学附属美術館,東京(カタログ)
2015 「で□と△が」,switch point,東京
2018 「絵画の現在」,府中市美術館,東京(カタログ)
   
主な装画,挿絵
・青山七恵「あかりの湖畔」,『読売新聞』夕刊連載小説,2010年7月12日〜2011年4月8日
・本田昌子『夏の朝』,福音館書店,2014年
・黒井千次「日をめくる音」,『読売新聞』夕刊連載コラム,2016年4月〜
   
主な参考文献
『絵画の現在』,府中市美術館,2018年


■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2018.7.14[土]─ 9.24[月]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月5日[日](全館休館日)
入場料:企画展「イサム・ノグチ ─ 彫刻から身体・庭へ ─」、収蔵品展063「うつろうかたち ─ 寺田コレクションの抽象」の入場料に含まれます。

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団

 

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)