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タナカヤスオの作品は、一見したところ、手堅くオーソドックスな造形作品と受けとられるかもしれません。ですが筆者は、なぜかちょっと変わっているという印象、ある種の新鮮さを感じました。またひと目見たときは、まずそれがある生命的な輝きにつつまれていることに強く引きつけられました。生命的といっても、描かれているイメージが生き生きしているとか、単に動きがあるとか、そういうことをいいたいわけではありません。そうではなく、作品が、まず物質、モノとしての充実した表情をもち、質感や肌理などの豊かなニュアンスのうちに自足し、あたかもそれ自体で生命をもって息づいているように感じたのです。 実際タナカは、絵具を使って何かのイメージを「描く」というより、絵具もまた一つの物質であるということを意識しながら、その物質としての絵具を画面に「置く」というつもりで制作するといいます(*)。そして計画や計算はせず、画面が見せてくる表情にそのつど直観的、身体的に応答することで制作を進めます。その過程を経て、タッチやストロークが集積された画面が立ち上がってきます。そして、当初は作家自身の分身であったり、作家と密着していたりした作品が、徐々に作家から「分岐」し、程よい距離感がもたらされたとき、作品は完成するといいます。近作のタイトル「分岐時間」は、そのことを含意しています。それはまた、作品が徐々にそれ自体の必然性によって内的な構造を獲得し、一つの生命的個体として作家から自立するプロセスでもあるでしょう。 ![]() 《No.100 分岐時間》 では、筆者が感じた新鮮さとは、いったいどこから来ているのでしょう。一つには、タナカの作品が、空間を喚起する特有の力をもっているということがあるのではないでしょうか。 タナカは白、黒、灰色といった無彩色にほぼパレットを限定しており、また大きな描き直しや修正をせずほとんど一気に作品を完成させるといいます。そのためか、どこか東洋の書を思わせるところがあり、実際に「書き順」を辿ったり、個々のタッチやストロークがどんなスピードや力の入れ具合で生まれたかがある程度読み取れたりする場合もあります。もっとも、そうしたタッチやストロークの集積が全体として、どのような空間の表現へ向かっているのかは、必ずしも判然とはしません。むしろそのような単純な、一義的な空間把握を徹底して回避しようとしているのがタナカの作品なのです。 タナカの作品は抽象的だといえますが、しかし同じく抽象的な作品といっても、昨今の画家でよく見かけるのは、作家の脳内イメージをそのまま画布に描きだしたような作品でしょう。そうした作品は、見た目は抽象でも、脳内イメージをそこに「再現」しようとしているという意味では、むしろ「写実的」、ないし「具象的」なのであり、とりわけ多くの場合、一義的な統一空間をバーチャルに分かりやすく表象しています。それに対して、タナカの作品がはらむ空間性は、いたるところ断絶や飛躍を内包しており、本質において多義的、流動的なのです。しかもそれは、「物質」というリアルな世界との対話、格闘を経てもたらされているがゆえの強さを備えています。 タナカは、制作の際に大切なのは、描く行為によって生まれた「痕跡」や、画面に生まれる「意味」や「イメージ」を、さらなる行為によって出来るだけ消していくことだといいます。それは、画面に置かれたタッチやストローク、面などが、何らかの運動、アクションを一義的に「絵解き」するような、ある意味で短絡的でダイレクトな痕跡となってしまう事態を克服し、痕跡としての生々しい物質性は保持したまま、同時にそこに多様な見え方や解釈に開かれたニュートラルなあり方をそのつど求めていくことといえるでしょう。それはまた、画面全体が一義的な空間の表象に回収されてしまうのを回避し続けることでもあるのです。 ![]() 《No.101 分岐時間》 タナカの作品をよく見ていくと、個々の部分は相互に緊密、堅固に結合しているようでいて、じつは微妙に互いに物質性や空間性などの脈略が異なっており、しかも唐突に並置されていたり、衝突させられたりしているのが分かります(**)。そこから、一義的な統一空間とは異なる、この画家に特有の空間性が生じてきます。その空間とは、見る者の積極的な意識と身体のなかで、そのつど生まれては解体し、組み替えられ、更新されるという多義的、流動的な空間性にほかなりません。そうした空間性の体験は、作品からの語りかけに端を発した、作品と見る者との対話のプロセスのなかで進行するのです。 その意味で、タナカがいたずらに作品の巨大化を志向せず、適度なヒューマンスケールを保っていることは重要です。タナカの作品は、すでに触れたように生命的な個体としての表情をもっていますが、程よい物理的な大きさは、さらに見る者が作品を、自己の身体の類比として受入れ、積極的に対話することを容易にします。タナカの作品は、見る者を包囲するような巨大さによって圧倒したり、一方的に「体感」を強要したりするような作品ではありません。それは自己の存在を通して静かに語りかけ、同時に積極的で自覚的な対話への参加を求めつつ、向き合う者のうちに意識の変容をもたらすのです。 * タナカ自身が語る制作論は、Web上の「タナカヤスオインタビュー(第1回)」等を参照。
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タナカヤスオ TANAKA Yasuo | ||
1984 | 愛知県生まれ | |
2012 | セツモードセミナー卒業 東京都在住 |
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主な個展 | ||
2015 | 「タナカヤスオ展」, 板室温泉大黒屋サロン, 栃木 | |
主なグループ展 | ||
2013 | 「第22回ARTBOX大賞展」, 世界堂本店展示場, 東京 | |
2014 | 「第9回大黒屋現代アート公募展」, 板室温泉大黒屋サロン, 栃木 「第9回タグボートアワード入選者展」, Theatre Cybird, 東京 「第3回あさごアートコンペティション優秀作品展」, あさご芸術の森美術館, 兵庫 |
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2015 | 「第2回横浜アートコンペティション: Lifetime Happiness」, 象の鼻テラス, 神奈川 「群馬青年ビエンナーレ2015」, 群馬県立近代美術館, 群馬 「ワンダーシード2015」, トーキョーワンダーサイト渋谷, 東京 「池袋アートギャザリング」, 東京芸術劇場, 東京 「トーキョーワンダーウォール公募 2015入選作品展」, 東京都現代美術館, 東京 「2015 Frantic Underlines」, Frantic Gallery, 東京 |
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受賞 | ||
2012 | 第22回ARTBOX大賞展 準グランプリ | |
2014 | 第9回大黒屋現代アート公募展 大賞 | |
2015 | トーキョーワンダーウォール公募2015 トーキョーワンダーウォール賞 | |
参考文献 | ||
菅木志雄「浮かんであるもの」, 『タナカヤスオ展』リーフレット, 板室温泉大黒屋, 2015年 |
会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2016.4.16[土]─ 7.10[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(ただし5月2日は開館)
入場料:企画展「ライアン・マッギンレー BODY LOUD!」、収蔵品展055「はなのなかへ」の入場料に含まれます。
主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)