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金子拓の絵には、得体のしれない薄気味悪さが滲み出ています。画面全体を覆う重苦しい不穏な気配は、何者かに抑圧された、絶望的で閉塞的な状況を想起させることでしょう。グレーやくすんだ緑色、あるいは茶褐色で描かれたほとんどモノクロームに近い画面が、そうした念を強く抱かせる大きな一因となっています。隅々まで埋め尽くされた暗鬱な世界では、飢え、貧困、中傷、暴力などを暗示させる退廃的な風景が展開しています。そこに佇み、苦悶の表情や虚無的な薄笑いを浮かべる画中人物たちに共通するのは、心理的な“痛み”の感覚です。金子の絵画は、さしずめ現代の黙示録と呼んでもよいかもしれません。 ![]() 《さむい日 ─ 水辺 ─》 彼が表現しようと目指すのはたんに殺伐とした終末的な光景の演出ではありません。金子は、「特定の時間や地理的条件、歴史的条件に限定されない、“いたみ”を内包した物語」を描くことで、「“世界中に溢れる人間同士の歪んだ空気”をささやかにでも映し出し、そして祓うことになり得るような」表現を意図しているのです。実際、画面に描かれた光景は、たとえいかに強く狂気や死の匂いを感じさせようとも、けっして死や殺戮そのものを描くことはなく、退廃的ではあっても背徳的なものではありません。 ![]() 《明るい夜 ─ 散歩 ─》 今日、現実の悲惨さに直接向き合い、その非人間性を告発するような絵画作品はきわめて稀です。個人的なもの、ローカルなものから、より一般的でグローバルなものの表現を企図する画家は少なくないものの、金子のように、直接的に普遍的なものを目指す作家はほとんどいないといっていいでしょう。金子の作品が、ときに古典絵画に描かれる悲劇のような相貌をみせるのはそのためかもしれません。けれども、たとえば、巨人たちに蹂躙されながらも、杯を酌み交わし、バイオリンを引き奏でる人物たち(《光景-さやさや-》)は、過酷な運命に抗うことなく、それを受け容れているようにみえます。こうした社会的弱者に対するどこか冷めた眼差しは、見方によっては傍観者的であり、運命に積極的に立ち向かう西欧の古典悲劇とは明らかに異なる精神態度です。それは、遥か遠い辺境や異国の紛争地帯まで、世界中のありとあらゆる写真や動画がどこでもリアルタイムでみることができる現代という時代特有の精神態度なのでしょうか。それとも、金子が生まれ育ち、そこで絵画を学んだ東北の厳しい風土や、あるいは東日本大震災という未曽有の経験が培った精神態度なのでしょうか。いずれにせよ、世界にはびこる悲惨な現実に思いを馳せつつ金子拓が描く絵画は、その鎮魂のための、神なき現代の宗教画といってよいでしょう。
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金子拓 KANEKO Taku | |
1988 | 宮城県生まれ |
2011 | 東北芸術工科大学美術学部美術科洋画コース卒業 |
2013 | 東北芸術工科大学大学院美術工芸研究科修士課程修了 山形県在住 |
主なグループ展 | |
2010 | 「東北画は可能か?」, アートスペース羅針盤, 東京 |
2011 | 「東北芸術工科大学 卒業/修了研究・制作展」, 東北芸術工科大学, 山形 「東北芸術工科大学 卒業/修了展[東京展]」,京都造形芸術大学・東北芸術工科大学外苑キャンパス, 東京 「京都造形芸術大学+東北芸術工科大学卒業選抜展『Emerging #1』」, アーツ千代田3331, 東京 「深窓展覧会」, ArtGallery そあとの庭, 宮城 「銀座あおぞらDEアート」, 中央区立泰明小学校, 東京 |
2012 | 「東北画は可能か?」, neutron tokyo, 東京 「地下にてそぞろ歩き」, Gallery SORA, 東京 「COVERED TOKYO: October 2012」, 小金井アートスポット シャトー2F, 東京 |
2013 | 「東北芸術工科大学 卒業/修了研究・制作展」, 東北芸術工科大学, 山形 |
会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2016.1.16[土]─ 3.27[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(3月14日[月]、21日[月・休]は開館/3月22日[火]は振替休館)、2月14日[日](全館休館日)
入場料:企画展「サイモン・フジワラ ホワイトデー」、収蔵品展054「寺田コレクションの陶」の入場料に含まれます。
主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)