収蔵品展049 抽象の楽しみ 2014.10.18[土]─ 12.23[火・祝] 李禹煥《With Winds》岩絵具,油彩,キャンバス 162.0 x 130.3 cm 1989 photo: 斉藤新
李禹煥《With Winds》
岩絵具,油彩,キャンバス 162.0 x 130.3 cm 1989
photo: 斉藤新

 

具体的な対象を再現せず、純粋な造形要素によって画面世界を成立させる抽象絵画。今から一世紀前にヨーロッパで始まったこの試みは、またたく間に世界にひろまり、さまざまな発展と変容を経て、豊かな成果を生みだしてきました。

 

本展は、寺田コレクションに含まれる戦後日本で活躍した作家たちの作品によって、抽象絵画の魅力を紹介します。ここでは、まず抽象絵画についての一般的な理解に触れてから、具体的な作品に即した考察を試みます。

 

抽象絵画の出現をめぐって最もよく引かれるのは、画家モーリス・ドニの1890年の次の言葉でしょう。「絵画とは、軍馬や裸婦、なにかの逸話である以前に、本質的に、一定の秩序のもと集められた色彩で覆われた平らな表面である」。絵画が色彩で覆われた平面であるという、絵画の形式をめぐる身も蓋もない事実を絵画の本質に据えるこの言葉は、その後、予言的な響きとともに大きな意味をもつようになりました。20世紀絵画は、従来の遠近法的な奥行きの空間を否定して画面の平面性を強化する方向に大きく踏み出し、また「軍馬や裸婦や、なにかの逸話」すなわち対象の「再現」とそれにもとづく物語の叙述といった要素を、絵画にとって非本質的で不純なものとして排除していったからです。そこでは絵画の本質、絵画の定義をめぐる自覚が、絵画は絵画にしかできないことに専念すべし、という純粋性、自律性の意識と結びついていました。抽象絵画は一般に、こうした流れの終局的な到達点と考えられてきました。実際、垂直線・水平線の格子で画面を覆う「グリッド」、画面全体を単一の色彩で満たす「モノクローム」、あるいは画面全体を一定のパターンで覆う「オールオーバー」といった、抽象絵画において支配的な画面構造 ─ それらは今回の出品作にも多くの具体例が見いだせるでしょう ─ は、平面性の強化、徹底の結果であり、またいかなる物語性をも排除する純粋化の果ての姿とみなすことができます。

 

とはいえ、抽象絵画を真に楽しむためには、こうした基本的な理解をふまえつつも、さらに五感と思考を総動員して、個々の作品とじっくり向き合うことが大切です。ひとことで抽象絵画といっても、個々の作品からの「語りかけ」はさまざまであり、ときに精妙を極め、ときに謎めいた多義性を帯びてくるからです。

 

山口長男《作品》水彩,紙 38.0 x 26.7 cm 1970年代 photo: 斉藤新

山口長男《作品》
水彩,紙 38.0 x 26.7 cm 1970年代
photo: 斉藤新

たとえば出品作の山口長男《作品》は、画面を覆う水平の大振りなストロークと、その単純な反復が印象的です。筆遣いは無骨であり、知性や洗練よりも、表現すること、描くことの原初的な地点に立ち戻ろうとする意志を感じさせます。そうした志向は、吉原治良《White on Black》や、李禹煥《From Point》にも認められるでしょう。もちろんここで、これらの作品はいずれも水平、垂直のグリッド構造が下敷きとなっており、そのことで画面の平面性が意識されていると指摘することは可能です。とりわけ、李禹煥の作品における「点(Point)」の反復は、絵筆とキャンバス表面との接触の物理的痕跡というニュアンスが強く、絵画というものの平面性が即物的に提示されているかの感もあります。けれども同時にこの作品は、見る側の意識や構え、見る距離などによって、極めて精妙な光に満ちた空間の拡がりにも変容するでしょう。実際、作品と向き合う私たちの意識は、物質的な平面性と、非物質的な光や拡がり、空間といったものとのあいだを、たえず行き来することになるはずです。抽象絵画の楽しみのひとつは、じつはこうした現象学的な体験の豊かさにあるといってよいでしょう。

 

村上友晴《Untitled》は、画面全体が均一な色面となっており、一般的にはモノクローム絵画に分類されます。均一で密度の高い色彩にくわえ、表面のテクスチャーはひたすら作品の物質性、平面性を強調しているように見えます。しかしその画面が、一種の精神的な強度を帯びていることもまた明らかです。画面を覆う顔料の緊密な集積が、気の遠くなるような長時間の労働と集中によって生みだされていると知れば、なおさらでしょう。そしてここでも、物質的な平面性は、私たちの意識と感覚において、容易に光に満ちた空間へと転化しますが、その光は、ここでは清浄で精神的な光であるほかないでしょう。

 

難波田龍起《色彩によるデッサン》油彩,板(合板)53.4 x 45.4 cm 1951 photo: 斉藤新

難波田龍起《色彩によるデッサン》
油彩,板(合板) 53.4 x 45.4 cm 1951
photo: 斉藤新

難波田龍起《色彩によるデッサン》の場合、それを見る私たちの意識は、さらに複雑な推移をたどるかもしれません。画面全般に露出した支持体の合板の肌理(きめ)も、そのうえで踊っているさまざまなフォルムの色彩も、いずれもそれ自体は平面的ですが、それら相互のごく緩やかな結びつきは、そのつど見る者のなかで図と地の関係、前後の関係をなし、しかもそれらは容易に流動、反転するため、私たちはたえず多義的な空間の揺らぎに身を任せることになります。

 

抽象絵画と向き合うときに私たちが見ているのは、身体の外側にある客観的な存在ではなく、私たちの感覚の内部に揺らめき、たえず生成、流動するなにかでしょう。それは宿命的に多義的であり、未知の解釈に開かれたしなやかな存在であるはずです。だから作品は私たち一人一人のなかで初めて完成するといえます。抽象の楽しみとは、作品と積極的に対話し、それをそのつどさまざまに完成させる楽しみかもしれません。

 
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
2014.10.18[土]─ 12.23[火・祝]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日。ただし、12月22日[月]は開館)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「ザハ・ハディド」のチケットでもご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:ジャパンリアルエステイト投資法人、NTT都市開発株式会社
協力:相互物産株式会社

 

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)