収蔵品展044 難波田龍起の具象 2013.4.13[土]─ 6.23[日] 油彩, キャンバス 46.0 x 37.0cm, 1935 photo: 斉藤新
《自画像》
油彩, キャンバス
46.0 x 37.0cm, 1935
photo: 斉藤新

難波田龍起が画家として出発した当初から、いかに内面の見えないものを見ようとしていたか、それは絵画に先駆けて詩作をしていたことからも充分窺い知ることができます。高村光太郎との出会いによって画家への道を志しますが、現実の物のかたちが掴めるようになるまでには苦労があったようです。デッサンによって「自分の目で物をつかむ」ことと、現実の対象を超越して内面をダイレクトに表したい欲求、その葛藤を抱えながら具象と向き合っていたのでしょう。
高村光太郎によれば「芸術のよりどころとなる一点はいのちの有無にかかっている」(註1)のであって、それを創造し、思索を深めることが芸術家の使命なのでした。「いのち」とは目に見えない自然のエッセンスであり、ものの本質をも言い表す言葉です。とすれば、デッサンとはそれらと魂を通わせながら手で捉えること ─ 内と外の世界を結ぶことにほかなりません。それは難波田の生涯の制作上の課題と通じるものではないでしょうか。
現実のデッサンから解放され、描かれた理想の美の世界が1930年代後半のギリシャ連作です。《Votive Relief》、《Charioteer》などのレリーフのクローズアップや、《若きパン》、《アポロ》などの肖像画風など、画面構成も遠近感も様々ですが、いずれも古代ギリシャの彫刻をモティーフに、美術書の写真を描き起こすという手法によって描かれています。
難波田はのちに一連の制作について「高い美の観念、秩序、均整、統一感をギリシャ芸術に見出し、それらを求めることによって、自己の病弱と自己分裂の恐怖から逃れたかった」(註2)と述べ、絵画の制作に堅固な基盤を築こうとしていたことを窺わせます。理想の美をなぞること=内面に定着させてゆくこと、それによって難波田の内面への志向は確かなものになったのです。

《岩と彫刻》油彩, キャンバス 60.6 x 83.5cm, 1949 photo: 斉藤新

《岩と彫刻》
油彩, キャンバス
60.6 x 83.5cm, 1949
photo: 斉藤新

古代ギリシャへの憧れからもたらされた主題はやがてギリシャから日本の風土へと移ってゆきました。《百済観音》や《阿修羅》、《富士》、《穂高》、《山と水》などはこの頃描かれています。戦後になると再び《ギリシャへの郷愁B》や《岩と彫刻》が描かれます。いずれの作品にも山を思わせる風景が彫像の背景に広がり、遠近感の中に新たな空間が創出されています。

戦後、抽象に移行して間もなく、難波田は線と形体の探求を始めました。
一片の石の中には「自然の構造」や「ダイナミックな生命」があります。(註3)難波田はそこから原始時代へ、原始彫刻へと想いを馳せるのでした。《原始彫刻》は近代建築を思わせる直線と原始彫刻の出会いによる超現実的な風景です。相反する人工と自然を一つにする、やや強引な手法にも思われますが、画家の内面で、それらは統合されるべきものでした。原始彫刻の抽象性に「近代メカニズム」(註4)と通じるものを見出したのです。ここでいう「メカニズム」とは、知的な抽象思考のことを指します。近代の抽象について思考する中で難波田は、おおらかな自然の中にメカニズムが存在する原始彫刻に芸術の根源的なものを見出し、近代都市の風景に出現させたのでした。

《原始彫刻》油彩, キャンバス 40.9 x 31.8cm, 1951 photo: 斉藤新

《原始彫刻》
油彩, キャンバス
40.9 x 31.8cm, 1951
photo: 斉藤新

1960年代以降の画面には具象と抽象の中間、半抽象と言えるようなものがたびたび見られます。《花》(1972)、《少女》、《聖堂》といった作品は明確な輪郭線によってではなく「オートマチックな手の動き(リズミカルな運動感に身を任せること)」によって描かれた作品です。タイトルが示す通り、現実のイメージを起点としながらも、描くことによって現実から離れ、画家の内部のイメージとのびやかに融合しています。
オートマチックな手の動き、それは画家の内面の微細な変化までをも捉える波動計のように、生命の鼓動を我々に伝えます。最晩年に描かれた31点の連作《病床日誌》は、入院中、亡くなる5ヶ月前から描かれた画家の生の記録です。時折浮かび上がる風景や人影のような形象は、記憶の堆積の中から画家の手によって引き出されたものでしょうか。それは、内なる生命と自然とを通わせ描き続けてきた画家の、最後の交感でした。

「抽象美術は人間の空想力や想像力を取り戻すものである。そして目に見える現実にのみ執着する人間の心を、もっと広い世界、目に見えない世界へ開放する」。(註5) 70年にわたる画業において難波田は、現実の扉の内部に広がる世界を探求し、具象から抽象へ歩みを進めてゆきました。具象絵画との取り組みは後年彼が辿り着く抽象への単なる通過点ではありません。それぞれの作品はかたちあるものを内なる目で見つめ、見えない真実を掴もうとした真摯な取り組みの痕跡なのです。

(註1)難波田龍起「高村光太郎」, 『古代から現代へ』, 造形社, 1970年, p.262
(註2)同著, p.124 (註3)同著, p.127 (註4)同著, p.128 (註5)同著, p. 19

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2013.4.13[土]─ 6.23[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日、ただし4月30日[火]は開館)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「梅佳代展 UMEKAYO」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社
協力:相互物産株式会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756