収蔵品展041 難波田龍起・舟越保武  精神の軌跡 2012.4.13[金] ─ 9.2[日] 舟越保武《ダミアンの手》ブロンズ 27.0 x 19.0 x 10.5cm 1977 photo: 早川宏一
舟越保武《ダミアンの手》
ブロンズ 27.0 x 19.0 x 10.5cm 1977
photo: 早川宏一



難波田龍起《私のパレット》油彩,キャンバス 37.5 x 45.0cm 1953 photo: 斉藤新

難波田龍起《私のパレット》
油彩,キャンバス 37.5 x 45.0cm 1953
photo: 斉藤新

画家難波田龍起(1905-97)が描くことにおいて真に精神の解放を覚えたのは1950年代、抽象に移行してからのことでした。戦後復興期の都市のエネルギーは難波田の目を近代へと開かせました。難波田は近代建築の線の美しさに惹かれ「近代の明快なフォルム」を取り入れようとします。しかし水平・垂直の線と限定された色を用いるモンドリアンの”冷たい抽象”は、都市を核に自然と相対するもので、難波田にとっては受け入れがたいものでもありました。《私のパレット》や《冬のまち》ではモンドリアンの厳格さに対し、あたたかみのある「トーン」の広がりに、難波田の日常から紡ぎ出される詩的世界が感じられます。
続く1960年代、エナメルの“垂らし”による一連の作品は、イメージを描かないオートマティックな技法という点でポロックを思わせますが、ぼかしや滲みのある背景と “垂らし”によるイメージの調和によって画面に浮遊感が生まれています。

難波田龍起《西方浄土2》油彩,キャンバス 80.3 x 100.0cm 1976 photo: 斉藤新

難波田龍起《西方浄土2》
油彩,キャンバス 80.3 x 100.0cm 1976
photo: 斉藤新

難波田は「現代へ抵抗する」画家でした。欧米の近代絵画に対する考察を深め、描くことによってそれらを相対化する中で、自らの表現を模索してゆきました。アンフォルメルやアメリカの抽象表現主義、アクションペインティングの波が日本の美術界に押し寄せ、多くの画家が無抵抗にその力を受け入れてゆく時代にあって、故郷旭川の風土と自然に培われた自らの「生地」を磨き、西欧の追従ではない、自らの表現の源を確かなものにしていったのです。

70歳を迎えようとする頃訪れた二人の息子の相次ぐ死は、難波田を深い内省へと向かわせました。次男史男の死の後に描かれた《幽》と《幻》、長男紀夫を亡くした翌年に完成した《西方浄土2》には、人影や自然の造形を思わせるようなやわらかな形象が浮かび上がります。筆を持ち続けることで難波田の「ライフモチーフ」[*1]は生と死そのものとなりました。

舟越保武《聖ベロニカ》ブロンズ 36.0 x 25.5 x 31.0cm 1978 photo: 早川宏一

舟越保武《聖ベロニカ》
ブロンズ 36.0 x 25.5 x 31.0cm 1978
photo: 早川宏一

舟越保武(1912-2002)の作品の根底には人間愛と慎みがあります。大理石の彫刻に長年取り組んだ舟越にとって、自然の壮大な時間の流れの中にいっときだけ存在する人間の生命のはかなさは、その輝きを一層強く感じさせるものだったに違いありません。淡々と鑿をふるうことで、舟越はその輝きをとどめようとしたのでしょうか。

舟越がカトリックの洗礼を受けたのは1950年のことでした。熱心なカトリック教徒であった父親への反抗心から洗礼を拒み続けた彼が一家で帰依するに至ったのは、戦後の食料難の中で生後8ヶ月の長男を亡くしたことによります。以降舟越はキリスト教を題材にした作品を多く手がけるようになりました。島原の乱で原城跡に立てこもり討ち死にしたキリシタンの農民兵士《原の城》、十字架を背負いゴルゴダの丘へ向かうキリストの前に歩み寄ってその汗を拭ったとされる女性《聖ベロニカ》、ハンセン病患者に寄り添い、自らも患者となって命を落としたダミアン神父《ダミアンの手》。彼らへの深い共鳴が人のかたちとなり、その表情に刻まれています。舟越がこだわり続けた顔の表現はモデルなしのデッサンから生まれるもので、記憶の断片からあらわれてくるその一瞬の表情をつかまえるために繰り返されました。

かつて舟越は自らの信仰と制作について問われ、「自分の中に信心深さというものはあると思う。職人としての仕事をしている時だけ人間が良くなっている」と答えています。[*2]
決まった手順で、確実さと忍耐をもってものを生み出す石工の職人仕事は、舟越が独学で石彫を学び始めた頃から敬意を抱き、理想としていたものでした。作ることそれ自体のために意識を高め、自然と一体になる舟越にとっての究極の仕事のあり方——それは思いを重ねることで人間の力の及ばないものと交感する”祈り”に通じるのではないでしょうか。

1987年、舟越は脳梗塞によって右手の自由を失い、翌年から残された左手による制作を始めました。粘土で原型を作るブロンズの技法はここから主流となります。[ギャラリー3]の《ゴルゴダ》や《聖マリア・マグダレナ》には、それまでの端正な造形美にはない力強さがあります。粘土との格闘の痕跡がそのまま残された荒々しい造形は、制作への意欲と祈りによって研ぎ澄まされた精神そのもののあらわれといえるほど、見る者を惹きつけてやみません。

難波田龍起と舟越保武は戦後日本の美術の歩みと共にほぼ同時代を生きました。70年に及ぶ制作の歴史の中で、二人は幾たびもの苦難に出会い、生を深く見つめました。本展では制作当時70歳を超えていた二人の作品が同じ空間に展示されています。そこに何らかの親和性が感じられるとすれば、画家/彫刻家として自己の深淵を覗く孤独に耐え、人生に残された時間を意識から払拭して制作へと向かった、その凛とした魂が共鳴するからにほかならないでしょう。

[*1]難波田龍起『描けなくなるまで描こう』、フジテレビギャラリー、1977年、p.20
[*2]「舟越保武(彫刻家)」、『NHK映像ファイル あの人に会いたい』、2010年8月29日


ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2012.4.13[金] ─ 9.2[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日、ただし5月1日[火]は開館)、8月5日[日](全館休館日)
収蔵品展入場料:200円(企画展「BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756