プロジェクトN

project N 42 川見俊 KAWAMI Shun 2010.7.28[水] ─ 10.3[日]

《地方の家 51》
ペンキ, パネル 66.5 × 90.0 cm 2010
photograph: ITO Tetsuo
courtesy: KENJI TAKI GALLERY

侵入する絵画 ─ 川見俊の平面作品について


《地方の家 47》
ペンキ,パネル 60.5 x 72.8 cm 2010
photograph: ITO Tetsuo
courtesy: KENJI TAKI GALLERY
ありふれた風景の中に突如出現する派手な色の家。シリーズ《地方の家》のモティーフは、ペンキで塗装された木造民家で、すべて愛知県や静岡県内に実在するものです。いったいどんな住人が、このような不思議物件を生み出しているのでしょう? 川見俊は驚愕しつつカメラのシャッターを切り、それをペンキで木の板に描きます。
おそらく私たちの誰もがこのような家を目にしているでしょう。何となく心の片隅にひっかかりを感じてもいたはずです。そして、それに気づくと同時にはっきりしてくるのは、自分の目にはそれらがさほど奇異なものに映っていなかった、という事実ではないでしょうか。現実の風景は複雑に入り組んで視点が分散し、一瞬の違和感も、絶えず移ろう意識の中でぼかされてゆくのです。川見は2006年頃から「郊外でも都心でも、どこにあっても『地方の家というジャンル』の第一発見者となるべく」収集を始め、すでに50点以上を描き上げました。《地方の家》は、漠然と認識してはいるものの、それ以上突き詰めようとしない、私たちの知覚の不完全さに訴えてくるのです。

この作品において川見は、試行錯誤の末ペンキで板に描くという手法に到達しました。大学でデザインを専攻し、専門的に絵画を学ぶことのなかった川見には、油絵具とキャンバスからなる「絵画」なるものに注意深く取り組む必要がありました。絵画はいかにして成立するのか。何をどう描くべきか。油絵具でキャンバスに描けば芸術作品になるのか ― 川見の抱えるいくつかの問題、すなわち美術における絵画という制度への疑問は、"ペンキ塗装の家を同色に調色したペンキで板に描く"という着想によって川見なりの解決をみます。写真に撮って、板に直接ペンキで当たりをつけ「あとはペンキで色を塗ってゆくだけ」。ファインダーを覗いた時点で二次元化したイメージは、川見の中で作品としてほぼ完成しているといいます。もちろんそこに川見独自のイメージの引き算、つまり主要な色面に照準を合わせた要素の簡略化がなされるのですが、描く対象と同じ素材を使い、すでに完成しているイメージに向かって色を埋めてゆくオートマティックな制作方法は、画家の特権であるテクニックも道具も必要としません。そして何より画家の個性を内包する"絵画らしさ"とは切り離された位置に作品を成立させることが可能なのです。《地方の家》は、川見自身が「絵画のパロディ」「アンチ絵画」と呼ぶとおり、美術における絵画とは異なる文脈から生まれた "平面作品"なのです。


《lattice painting 3》
ペンキ, パネル 90.0 × 90.0 cm 2010
photograph: ITO Tetsuo
courtesy: KENJI TAKI GALLERY
川見は様々な手法で造形表現を行います。彼が平面制作に先駆けて着手したのは、ホームセンターなどで入手可能な素材を使って日常の気になる事象を造形化する、立体やインスタレーションの制作でした。すべてに一貫するのは、「これまでのものの見方を変えてみる」ことからの出発です。本展には出品されていませんが、たとえば2004年の立体作品《untitled》は石で精巧に作られた直方体のキャラメルの上に銀歯のクラウンが乗ったもので、川見は銀歯がキャラメルにひっついて外れた時のおぞましさや生理的嫌悪感をみごとに拡張して見せました。また同年のインスタレーション《ガラステーブル》は、ガラスのテーブルの上にペットボトルやトイレットぺーパーなどの日用品が雑然と置かれていて、目を凝らすと実はガラスの天板はなく、素通しのスチール製の枠の高さにすべての日用品がテグス糸によって宙に浮いている、というものでした。これらが見る者の笑いを喚起するのは、誰の中にもある曖昧な感覚のかたまりが、日常にある"もの"の組み合わせの一捻りによって明るみに晒されてしまう、きわめて朴直なやり口ゆえではないでしょうか。
木造家屋→ペンキ。キャラメル→銀歯。ガラス→透明。月並みな連想ゲームのごとく、ものにまつわる個人の経験や記憶は慣れや思い込みを生み、私たちのものの見方を支配しています。"見る"という行為のメカニズムを注視する川見は、私たちのものの見方それ自体を作品の成立基盤としているといえるでしょう。ふと気を緩めた隙に、川見の作品は私たちの中に侵入してくるのです。

新作《lattice paintings》のシリーズには、川見の絵画に対するさらなる問題意識が垣間見えます。ガーデニング用の木製フェンスにペンキで彩色を施した半立体作品から発展したこのシリーズは、《地方の家》同様ペンキと板によって、実物大のフェンスと向こう側の風景という、異なる奥行きをもつ二つのモティーフが同じ階層に描かれています。風景を見るたびにフェンスを、フェンスを見るたびに風景を同時に見てしまう視覚の混乱。それによって私たちの目は拠り所を失い、フェンス(手前)と風景(奥)を行き来することになります。
絵画における暗黙のルールを示唆する《lattice paintings》には私たちの "見る行為"についての問題が多く潜んでいそうです。「格子と風景が重なって始めから模様になっているのが面白くて」スタートしたこのシリーズが川見の手探りによってどのような変化を遂げるのか、興味はつきません。私たちの中に不確かな知覚がある限り、川見の作品は広がりを見せてくれるのです。

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景
展示風景

川見俊 KAWAMI Shun
1981 静岡県生まれ
2002 カーネギーメロン大学短期留学,ペンシルヴェニア
2004 名古屋造形芸術大学視覚伝達デザインコース卒業
名古屋造形芸術大学彫刻コース研究生前期修了
現在,愛知県在住
   
個展
2006 sakurayama studio,愛知
U8projects,名古屋造形芸術大学内,愛知
   
主なグループ展
2007 「キリングタイムVol.2」,学食2F,愛知県立芸術大学,愛知
「City_net Asia 2007」,ソウル市美術館,ソウル(カタログ)
2009 「VOCA展2009」,上野の森美術館,東京(カタログ)
「THE CAVE」, ギャラリー第7室,名古屋市博物館,愛知
「長者町プロジェクト2009」,長者町繊維卸会館 他,愛知(カタログ)
「木村くんと川見くんと」,ケンジタキギャラリー,東京
2010 「時の遊園地」,名古屋ボストン美術館、愛知(カタログ)

主な参考文献
・拝戸雅彦「川見俊」,『VOCA展2009』,「VOCA展」実行委員会ほか,2009年,p.39/Haito Masahiko "Kawami Shun, " VOCA 2009, Committee for the Exhibition "VOCA" etc., 2009, p.99
・「川見俊」(作品解説),『あいちトリエンナーレ2010プレイベント 長者町プロジェクト2009』,あいちトリエンナーレ実行委員会,2010年
・川見俊(コメント),『時の遊園地』,名古屋ボストン美術館,2010,p.9


■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2010.7.28[水]─ 10.3[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日 :月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月1日[日](ビル全館休館日)
入場料 :企画展「アントワープ王立美術館コレクション展」、収蔵品展「034 幻想の回廊」の入場料に含まれます。

主催:公益財団法人東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティ アートギャラリー Tel. 03-5353-0756