収蔵品展034
幻想の回廊 2010.7.28[水] ─ 10.3[日] 河原朝生《時間の部屋》油彩, キャンバス129.3 x 160.9cm 2004 photo: HAYAKAWA Koichi
河原朝生
《時間の部屋》
油彩, キャンバス
129.3 x 160.9cm 2004
photo: HAYAKAWA Koichi

不可思議な現実

「幻想」という言葉を聞いた時、どんな情景を想像するでしょうか。たとえば火を吐くドラゴンに巨大亀の島、巨人や小人、半獣人など魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する夜の森などといった想像の世界を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。そのような幻想の情景を思い浮かべると、「幻想の回廊」と銘打った本収蔵品展には、多少の違和感を抱くこともあるかもしれません。というのもここには、異類異形の者はなく、一見ありふれた光景が広がって見えるからです。

とりわけ当収蔵品展に初出品される五味文彦の一連の作品群は、写真かと思えるほどに写実的な絵画です。暗がりに浮かび上がるガラス瓶とその中に入れられた枯葉はとても精緻に描かれ、丹念に塗られたニスの輝きは、描き手の筆跡を覆い隠しています。私たちは現実を忠実に描写する卓越した彼の技術に感嘆する他はないでしょう。しかし、この精緻に描かれた静物画をしばらく眺めてみれば、コップに挿し込まれた枯葉の計算し尽くされた角度や、卓上を照らし出す荘厳な光、中心も周縁も分け隔てなく徹底的に描き込まれた細部などに、画家の緻密な作為が見えてきます。その意味で、五味が作り上げた「現実」的な絵画空間は、私たちが日常知覚する現実そのものとは異なった光景なのです。このように五味は、現実をきわめて忠実に再現するという行為を徹底させることで、私たちが普段知覚するうつろいゆく現実とは異なる「現実」の姿を描き出しています。

五味の卓越した手技に比して、カメラは現実を難なく忠実に描写する機械でしょう。たとえばニルス=ウドは、撮影の際に人工の光源を設置したり、撮影した写真に加工や修正を施したりしません。彼にとって写真は、彼が自然の素材を用いて作り上げた祭壇や巣を忠実に再現してくれれば十分であるようです。いずれにせよ、彼がカメラで写した被写体は、まさしく現実そのものです。しかし被写体である葉の鮮やかな色彩や伸びやかな枝の形状は、自然の持つ形容しがたい生命感を漲らせ、自然に対する畏敬の念を私たちに喚起させてくれます。現実を機械的に切り取るはずの写真が、それ故に現実に潜んでいる不可思議さを露わにしてしまうのです。

川口起美雄《柔らかな隕石》テンペラ, 油彩, 板 130.2 x 162.0cm 1993 photo: SAITO Arata
川口起美雄《柔らかな隕石》
テンペラ, 油彩, 板 130.2 x 162.0cm 1993
photo: SAITO Arata


川村悦子《冬の旅 II》油彩, キャンバス 145.0 x 225.0cm 1988 photo: HAYAKAWA Koichi
川村悦子《冬の旅 II》
油彩, キャンバス 145.0 x 225.0cm 1988
photo: HAYAKAWA Koichi
このように捉えてみれば、「幻想」が持つ別の意味が見出されるのではないでしょうか。それは、刹那に立ち現れる現実離れした幻視のようなものではなく、現実をじっと眺めたときに湧き上がる現実への違和感、つまり現実を突き詰めたときにたどりつく現実そのものの強烈な不可思議さです。

野又穫による精緻に描かれた建物群は、今も建造中のようでありながら、古代の廃墟でもあるかのような雰囲気をかき立てます。それはどこかでありながらどこでもない、幻想の風景と捉えることもできるでしょう。しかし、私たちの細胞がいかなる瞬間においても常に生成と消滅を繰り返していることを考えれば、野又の作品は現実のミクロな営みを建造物というマクロな表象に反映していると考えられるのではないでしょうか。つまり生成と消滅を繰り返すこれらの建造物は、現実の外部にある夢の建造物ではなく、現実に生起している物事の現象を鋭く観察した結果の産物なのかもしれません。

私たちは、既存の価値判断や常識を固定的なものとして受け入れがちです。しかしそうした既にある前提も注意深く見てみれば、そこには必ず矛盾や不条理な側面が立ち現れてきます。本展出品作家たちの現実を鋭く射貫くまなざしは、現実が内包している矛盾や不可思議さを露わにすることで、私たちの生きている現実の唯一性を揺るがし、私たちの知覚を鋭敏にしてくれます。このとき幻想の回廊は、現実から完全に遊離した特異な空間として終わることはないでしょう。きっとそれはビルのコンクリートとガラス壁、帰路の路地裏、私たちの家の廊下へと、どこまでも続いてゆくのです。

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2010.7.28[水] ─ 10.3[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月1日[日](ビル全館休館日)
入場料:200円(企画展「アントワープ王立美術館コレクション展」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社
協力:相互物産株式会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756