![収蔵品展032 わが山河 Part II 東京オペラシティコレクションより 2010.1.16[土] ─ 3.22[月・祝]](/ag/past_files/img/115/title.gif)

大野俊明《洛北: 春》
顔料, 紙 (四曲屏風) 168.0 x 370.0cm, 2002
顔料, 紙 (四曲屏風) 168.0 x 370.0cm, 2002
描かれた那智の滝

麻田浩《御滝図(兄に)》
油彩、キャンバス 194.0×112.0cm 1990年
坂部隆芳による《那智の瀧の図》は、実際の滝ではなく、この《那智滝図》をもとに制作されています。一見日本画のようにみえますが、実際には油絵具で描かれ、油彩画による模写と呼ぶ方が適切かもしれません。
西洋美術で風景画と呼ばれるジャンルは、伝統的な東洋絵画では山水画と呼ばれます。もっとも、13世紀末(鎌倉時代後期)の作とされる国宝《那智滝図》は、ヨーロッパの風景画とまったく同じものではありません。那智大滝は飛瀧神社のご神体で、神は本地仏の化身であるとする本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)から、《那智滝図》は垂迹画に分類されます。つまり、西洋美術でいえば宗教画ということになるのです。実際、《那智滝図》は礼拝の対象であったともいわれています。
同じく洋画家の麻田浩が描いた《御滝図(兄に)》では、こうした宗教的背景が念頭におかれています。曼荼羅図と同様の円相を4つ配するほか、滝の下方および滝壺から岩間をうねって流れる水流の形が、国宝の《那智滝図》に倣っていることはすぐにわかります。題名の「兄に」の文字は、この作品が描かれる3年前に急逝した、実兄で日本画家の麻田鷹司を指します。麻田浩は《那智滝図》を日本絵画の最高傑作として高く評価していました。兄鷹司の作品と自作、そして伝統的な日本絵画と西洋絵画を対比させるように円相内に配し、しかも、その絵が未明の大海に佇立するというシュルレアリスム風の画中画の趣向は、この作品に、亡兄への追悼と同時に、日本画、洋画それぞれで画業を追求した兄弟の記念碑ともいうべき性格をもたらしています。また、画面の下方、画中画の《那智滝図》の左右からそれぞれ異なる方向に出帆する舟には、兄と自分の姿が仮託されているのでしょう。那智の浜辺にある補陀洛山寺(ふだらくさんじ)を拠点として観音浄土を目ざしたという補陀落渡海の伝承を踏まえていることは容易に想像できます。

伊藤彬《月下》
顔料、紙 180.0×90.0cm 1987年
茶褐色の岩肌に胡粉で滝を描く伊藤彬の《月下》は、いかにも深山幽谷の風情を醸し出しています。滝の左右には、月明かりを受けた樹木が巨大な黒い影を落としています。実際にはありえない光景は、画家の心に刻まれた夜の滝の印象をダブルイメージで表現するものでしょう。《那智滝図》では、上方の山の端に神(=仏)としての月輪が金箔で表現されていますが、この《月下》では、意図的にこのご神体を描くことは避けつつ、神聖な情感の表出が追求されています。
画家たちの想像力を刺激してきた那智の滝は、2004年7月、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産に登録されました。登録のきっかけになったのは、上流の国有林の伐採による滝への影響の懸念だったといいます。今日環境保護がスローガンのように叫ばれますが、自然を守るという意識と自然を畏(おそ)れるという心的態度とは根本的に異なることも確かです。自然崇拝という原初的な行為をあらためて見直すことも必要なのかもしれません。
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展示風景 |
■インフォメーション
会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2010.1.16[土] ─ 3.22[月・祝]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(3月22日は開館)、2月14日[日](全館休館日)
入場料:企画展「エレメント 構造デザイナー セシル・バルモンドの世界」の入場料に含まれます。
主催:財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:NTT都市開発株式会社
お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756