プロジェクトN

project N 38 山下美幸 YAMASHITA Miyuki
2009.7.18[土] ─ 9.27[日]
《波枕》 油彩, キャンバス 194.0×336.0cm 2009  photo: Tomoaki Marubas
《波枕》 油彩, キャンバス 194.0×336.0cm 2009
photo: Tomoaki Marubashi
 
よどみのなかの化合物(アマルガム)─ 山下美幸の新作

5月半ばの日曜日、BOICE PLANNINGで山下美幸から完成した大作を見せてもらいました。期待していた新作でしたが、実際に作品を目の前にしたとき、どうコメントしてよいものか見当がつきませんでした。それまで見知っていた作品とは、作風の点で大きく異なっていたからです。

彼女の作品を初めて目にしたのは、昨2008年の春、柏のTSCA Kashiwa(Takuro Someya Contemporary Art)で開催された、「ノンシャランな時々」と題された個展でした。《すべての夜のために1》《すべての夜のために2》はそのときの出品作です。夢幻的と呼んだらよいのでしょうか、心地よい陶酔に誘ってくれる作風でした。川、滝、水蒸気などの水のイメージが、見るものを詩的夢想に掻き立てずにはおかない、そんな作風でした。つややかで伸びのある油彩表現による、シュルレアリスム風かつ鷹揚な画風には強く心惹かれるものがありました。

《すべての夜のために1》 油彩, キャンバス 227.3×181.8cm 2008 photo: Tomoaki Marubashi
《すべての夜のために1》 油彩, キャンバス
227.3×181.8cm 2008
photo: Tomoaki Marubashi

これら旧作と新作との相違点としてすぐに気がつくのは、描かれた人物の表情です。「ノンシャランな時々」やさらにその前年の個展「リリパット・フォー・ミー」の出品作では、さまようような人物はみな一様にまどろみの表情を浮かべていました。他方、《波枕》に描かれる薪をかつぐ男や《2010年》の何かを持ち上げる人影は、薄暗がりのなかに佇み、その表情はまったく窺い知れません。次に、モティーフのスケール感とそれがもたらす効果の違いが挙げられます。テレビや雑誌などから採取したさまざまなイメージを自由に組み合わせ、コラージュするのが山下美幸の制作の基本です。『ガリバー旅行記』に登場する小人の国の名リリパットに由来する一連の作品では、まどろむ人物とともにスケール感の異なる小人のような人物たちが描き添えられ、その結果、シュルレアリスムにも通じる非現実的な物語性が醸し出されていました。これに対して、新作ではモティーフ同士の極端なスケール感の違いはなく、物語性の表出はより希薄になっています。また、表現描写の相違も著しいものがあります。旧作では、伸びやかなタッチによる、深みのある明るく澄んだ色彩表現が目立っていましたが、新作では、筆遣いはきわめて表現主義的で、荒々しさすら感じさせます。色彩も全体的に暗く、透明感に乏しく、《波枕》の題名とは裏腹に、よどんだような重厚さがあります。もうひとつつけ加えれば、構図もじつに対照的です。人物を画面中央から注意深く逸脱させていた旧作に対して、《波枕》も《2010年》も《フォーチュン クッキー》も画面の中心に意図的に主要モティーフの人物を配しているのがわかります。

こうした数々の相違によって、彷徨、漂泊といった感が強かった過去の作品に比べて、新作の印象がまったく異なってくるのは当然といえば当然でしょう。「ノンシャランな時々」の作品群がレム睡眠時に見る夢の世界だとすれば、《波枕》などの新作は、同じく幻想的ではあるものの、ノンレム睡眠時の夢で、デモーニッシュな雰囲気を漂わせています。フランス語で「のんきなさま、無頓着」を意味する"ノンシャラン"という言葉は、TSCAの展示を見たときには実感がわかなかったのですが、今回の新作と対比してみると確かに首肯できる気がします。イメージ同士の安直な結合から生まれる物語性への志向から逃れて、作家は、ここで再びイメージを色彩と形態に還元しようとしているのかも知れません。異質なイメージ同士が自由に戯れ、化合することを期待しているように思います。新作に顕著に認められる激しい筆致は、何よりも確実なその証左ではないでしょうか。

展示風景 展示風景
  展示風景

山下美幸 YAMASHITA Miyuki
1979 静岡県生まれ
2002 女子美術大学芸術学部デザイン学科卒業
2008 23回ホルベイン・スカラシップ奨学生
現在, 神奈川県在住
   
個展
2005 「見上げれば、水の底」, galleryユイット/cafe(e←アクサンテギュ「/」)ユイット, 東京
2007 「リリパット・フォー・ミー」, BOICE PLANNING, 神奈川
2008 「ノンシャランな時々」, TSCA kashiwa (Takuro Someya Contemporary Art), 千葉
   
グループ展
2002 「ゴンフレナ1周年記念展」, gomphrena, 東京
2005 「あたらしい果実」(「おとなのためのワークショップ2005」関連展示), 東京都現代美術館ハイビジョンルーム
2006 「百花繚乱」, BOICE PLANNING, 神奈川
   
参考文献
  • 藪前知子「Gallery Review」, 『美術手帖』, 美術出版社, 2008年1月号, p.189
  • 山下美幸、杉田敦(対談)「アートで生きる/アートとかかわる10」, 美術手帖』, 美術出版社2008年4月号, pp.208-210
  • 山下裕二「今月の隠し球」,『美術の窓』, 生活の友社, 2008年9月号, pp.278-279, 同年10月号, pp.62-63
■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2009.7.18[土] ─ 9.27[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日 :月曜日(ただし祝日は開館)、8月2日(全館休館日)
入場料 :企画展「鴻池朋子 展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人」の入場料に含まれます。

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756