たとえば、小学校で隣の席になったことのある同級生を思い出してみます。消しゴムの貸し借りをしたり、よそ見をしている最中に急に当てられて窮したとき、教科書のページを耳打ちしてもらったりした思い出とともによみがえるその顔は、ぼんやりとおぼろげで、目鼻立ちや髪型は正確に描写できるほど鮮明なものではありません。それでも、隣の席の○○さんは私の記憶の奥にまぎれもなく存在し、さまざまなエピソードをともなってふとした拍子に姿を現します。ともに過ごした時期は人生のほんのわずかな一コマで、直接の関わりはその中のさらに断片です。彼/彼女自身はすっかり大人になって、今もどこかで人生を送っているでしょう。小さな断片が浮かび上がらせるのは、時空を超えて現れた彼らの「幽霊」なのかもしれません。
平面とも立体ともつかない作品の中で阿部がテーマとしているのは、人の記憶や感情、気配などあいまいで不確かなものの存在です。着色されたキューブの几帳面な配列によって表されているのは人物や風景ですが、それは阿部にとって固有の対象を表したものではありません。実際は街中で撮ったスナップや知人をモデルにしたポートレイト写真を素材としているものの、コンピュータ上でイメージをモザイク化させ、単色のピースへと解体することで、人物や風景を特定する特徴や詳細が取り除かれていきます。断片の集合は、鑑賞者それぞれの記憶の中のピースで補完されてふたたび像を結び、匿名的(アノニマス)な存在から鑑賞者にとって固有の「だれか」「どこか」へと還元されていきます。一見機械的でドライな作風と、人の中に眠る記憶をするりと引き出して個人的な感覚を揺さぶる手法の意外なギャップは、阿部の作品の面白さ、醍醐味のひとつかもしれません。
それまでの作品と違って特有の記憶を扱う展示でありながら、阿部の作品はここでもある種の普遍性が保たれており、鑑賞者それぞれの私性を喚起させる隙間を残していました。印象的だったのは、訪れた人が阿部の作品が露わにする場の記憶をきっかけに自らの記憶を語り始め、それまで点でしかなかった個々の物語が流れを持って交わり始める状況を目の当たりにしたことです。記憶にもとづいた作品と鑑賞者の関係性が親密になればなるほど、そこに他者が入り込む余地は狭まるのかもしれません。しかし、同じ作品と他者との間にはその人固有の物語が紡がれていることを認識するとき、阿部の描く「幽霊たち」の向こう側には同じく物語を持つ他者の姿が重なって、社会性を帯び始めます。「地霊」のないホワイトキューブ空間における展示である今回、どれだけの幽霊たちと出会い交流することができるのでしょうか。 * とたんギャラリー(東京)による出品作家へのアンケートに対する作家自筆コメントより
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阿部岳史 ABE Takeshi | |
1977 | 東京都生まれ |
2000 | 東北芸術工科大学美術科彫刻コース卒業 |
2003 | 東北芸術工科大学研究生修了 |
2006 | ジーンズファクトリーアートアワード2006優秀賞受賞 |
2008 | Pro Artibusの招聘により3ヶ月間フィンランドに滞在 現在,東京都在住 |
主な個展 | |
2003 | 表参道画廊,東京 |
2004 | MUSEE F,東京('05) |
2005 | 遊工房アートスペース,東京 |
2007 | とたんギャラリー,東京 |
2008 | Pro Artibus,エケナス,フィンランド |
主なグループ展 | |
2005 | 「アンドロイドは夢を見るか II, Part I」,Pepper's Loft Gallery,東京 「トーキョーワンダーウォール公募2005」,東京都現代美術館 |
2008 | 「The Houseー現代アートの住み心地」,日本ホームズ住宅展示場,東京 「Who's Next」,Museum at Tamada Projects,東京 「拡張する界面」,アトランティコギャラリー,東京 |
リンク | |
abetakeshi.com http://www.abetakeshi.com |
会場:東京オペラシティアートギャラリー 4Fコリドール
期間:2009.4.11[土]ー6.28[日]
開館時間:11:00 ─19:00(4/17を除く金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日 :月曜日(ただし5月4日は開館)
入場料 :企画展「6+ アントワープ・ファッション」の入場料に含まれます。
主催:財団法人東京オペラシティ文化財団
お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756