収蔵品展027 ブラック&ホワイト:磯見輝夫・小作青史

磯見輝夫《雲》 木版画,和紙 79.8 x 143.0cm, 1980 photo: SAITO Arata
磯見輝夫《雲》 木版画,和紙 79.8 x 143.0cm, 1980
photo: SAITO Arata
白と黒の間の多彩性 磯見輝夫、小作青史の仕事から

本展は「ブラック&ホワイト」と題した収蔵品展の第三弾で、磯見輝夫、小作青史の版画作品によって白と黒の織りなす世界を探索する試みです。二人の版画作家に焦点を当てた今回の展示で、このテーマを新たに検証するための手がかりを見出すことができるでしょう。版画というジャンルの持つ特性と「ブラック&ホワイト」というテーマは、陰陽、明暗、ネガポジといった二元性を持つ点で、またその間の限られた世界の中に無限の多彩さを包むという点で近似を見せるからです。

磯見輝夫は一貫して木版画に取り組んできた作家です。1941年生まれの磯見は、東京藝術大学の油画科に進み、油彩を中心に水彩、フレスコ画、モザイクなど幅広い分野の作品制作を試みていたものの、版画は当時磯見の心を捉えることはありませんでした。しかし卒業後、アクリル絵具を用いた時期を経て、71年、木版画を学ぶために東京藝術大学の大学院に再入学します。 「そのうちに、無抵抗なリキテックスで描いていては、どうやってみても限界があるような気がしはじめて来て、材質的に、抵抗がある―というか、制限のある―というか、そういうものでやってみようと思い立ったのです」(*1) 墨を紙に写し取る木版画の制作において、版材を鑿(ノミ)で刻むという作業とは不要なものを除く工程です。「木版画の技法は、板を刻み、絵を刷り出すことにある。板は単に表現の担い手であるばかりでなく、絵を形作るものである。木版画の制作とは、ただ板を用いるというのではなくて、板とのやり取りの中から絵が生まれてくるのだ。本質的でないものを取り除き、本質的なものを板の中から取り出すこと―そこに私は自分の課題をみる」と磯見自身が述べているように(*2)、作家は板の中にイメージを探しながら、その手はイメージを掘り起こすため周辺を削ることに終始します。モチーフの描写を辿るとそれはさらに明白です。磯見の作品のほとんどに見られる女性像は、周囲の草木や水の細かな描写に比べると、黒々としてほとんど鑿が入れられていないことがわかります。横たわった、または腰を下ろした女性たちは板の中に最初から存在していた生命そのもの、あるいは画面上の大地といまだ繋がった存在であるかのようです。紙に写し取られて画面に現れるイメージは結果として作家の手に触れられなかったところであり、土中から遺跡を発掘する作業にも似ています。イメージ自体を直接描き出すことができる絵画とは対象的な、いわば非表現的な表現といえるでしょう。

小作青史《「飛ぶこと」について》 リトグラフ(アルミ版)、紙 39.8 x 35.0 cm, 2003 photo courtesy: 77 gallery
小作青史《「飛ぶこと」について》
リトグラフ(アルミ版)、紙
39.8 x 35.0 cm, 2003
photo courtesy: 77 gallery

「制限」を求めて版画にたどり着いた磯見に対し、小作青史の版画制作は限界を広げる開拓の道のりです。1936年生まれの小作は、磯見に先立つこと5年の1956年に東京藝術大学の、やはり油画科に入学しています。大学2年次の講習でリトグラフに、翌年エッチングに出合って以来これらの技法を軸に創作を行ってきた小作ですが、その作品のヴァリエーションの豊かさは技法に関する創意工夫と改良への情熱的ともいえる取り組みの証でしょう。 リトグラフとエッチングはいずれも化学反応の原理を利用した技法です。これらの技法には、細かな描写や微妙なグラデーション、力強い描線など、幅広い表現が可能であるという利点がある一方、版材の扱いやプレス機など大がかりな設備が必要なことなどが、制作へのアクセス、方法を制限します。実際、大学卒業後の小作は厳しい条件の中で格闘した後、プレス機のある場所に丸めて持ち運べるアルミ版を多用するようになったことを手始めに、木材を版に使った木版リトグラフや楊枝をバレンに使うリトグラフの手摺り法、簡易プレス機などを開発しています。 状況を観察して問題点を把握し、改良の余地を探り、身近なものを使って解決する小作の取り組みは、自作の表現の幅を広げることはもとより、版画制作そのものの門戸を広げ、版画表現の世界を広く解放することへの熱意からなされているといえるでしょう。内省的かつ積極的な小作の姿勢は、その作品世界にもあらわれています。一見怖ろしささえ感じさせる濃密な画面は実際、痛烈な社会批判、風刺の精神に満ちていますが、作品名とともに味わうごとにそのシニシズムは決して傍観的、悲観的なものではなく、人間への慈愛と希望に溢れたものであることが感じ取れます。

「ブラック&ホワイト」というテーマにつながる二人の作品を見ること、また版画という共通の言語を持ちつつも二者二様といえるその取り組みに触れることによって、白と黒の間には無限の広がり、幅、多彩性があることに気付かされるでしょう。ストイックに、あるいは闊達に、限られた世界の中に広がる多様な表現をそれぞれに味わってください。

*1 長谷川公之「磯見輝夫の木版画」、『磯見輝夫全版画 1971-1983』、叢文社、1983年
*2 同上

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2008.11.1[土]─ 12.28[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(ただし11/3、24は開館)
入場料:企画展「蜷川実花展 ─ 地上の花、天上の色 ─」の入場料に含まれます。

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社
協力:相互物産株式会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756