池辺晋一郎 プロデュース 日本の現代音楽、創作の軌跡 第1回「生誕90年〜1929年生まれの5人」新シリーズ『日本の現代音楽、創作の軌跡』によせて 〜日本作曲史に残る珠玉の作品たち

オヤマダアツシ(音楽ライター)

昭和の名品を発掘・再評価するシリーズ

元号が「令和」となり「昭和は遠くなりにけり」という文言も、昭和生まれの人間にとっては一層心に染みるものとなった(ちなみにこの文言のオリジナルは、俳人である中村草田男が1931年=昭和6年に詠んだ「降る雪や明治は遠くなりにけり」という句である)。
日本の西洋音楽史、特に作曲史においてはどうだろうか。多くのコンサートが行われ、録音される作品もある中、日本の音楽作品の比率は(筆者の勝手な印象に過ぎないが)恐ろしいほど低く、クラシック音楽ファンと呼ばれるリスナー層に認知されている曲は、ごくごくわずかだといえるだろう。昭和史の中では数多くの作品が生まれたものの、多種多様に変化・拡大・分散化した作風の中で埋もれてしまった曲も多く、蘇演や録音の復刻・再発売などによって再注目された作品はあったものの、発掘されるのを待っている宝はまだまだ残っているのだ。

そうした作品を、好奇心が旺盛な聴き手や新しい感性をもつ若い世代の演奏家に提示するべく企画されたのが、池辺晋一郎プロデュースによる新しいシリーズ『日本の現代音楽、創作の軌跡』である。かつて注目作として演奏・評価され、その時代へ一石を投じた作品の中から、未来へと残すべき音楽をもう一度吟味し、その真価を再び問うものだ。 真価を問う、というのはやや大げさかもしれない。むしろかつての至宝を発掘し「日本にもこんな時代、こんな作品があったのだ」と発見していただくプロジェクトだというべきだろう。令和の時代を迎えた中、60年以上の激動期だった昭和の時代を回顧し、忘れ去られるべきではない音楽を未来へと伝えるシリーズだといってもよい。 その第1回となる2019年7月12日のコンサートは「生誕90年〜1929年生まれの5人」というテーマを設定。日本の音楽を愛好する聴き手であるなら知っておくべき5人の作曲家たち(生誕順に松村禎三、黛󠄁敏郎、間宮芳生、湯浅譲二、矢代秋雄)が選ばれた。

戦後の混沌から生まれた力強いエネルギー

ところで1929年(昭和4年)とは、どういった時代だったのだろうか。2つの世界大戦に挟まれたこの時期、アメリカでは後に「ブラック・サーズデイ」と呼ばれることになる10月24日の株価下落を機に、絶望的な大恐慌の時代が訪れる。それはすぐに欧米諸国へも波及し、経済的・政治的な不安を誘発してファシズムの嵐が巻き起こる予兆となった。日本でも昭和恐慌と呼ばれる時代が到来し、結果として1930年代の軍国主義を後押しすることになる。
そうした時代に生まれた5人の作曲家たちは、おそらく精いっぱいの行動的かつ思想的な自由を謳歌することなく、抑制された中で少年期を送り、戦争を経験し(とはいえ世代的に兵隊として戦地へ赴くまでには至らなかった)、戦後の混乱期に多感な10代後半を過ごした世代となる。
それだけに戦後、欧米から流入してきた芸術文化は、きっと彼らの心へ希望の火を灯したに違いないのだ。いわば、日本における西洋音楽史が息を吹き返し、さまざまな可能性に向かって自由に羽ばたいていった時代だともいえるだろう。だからこそ、この時代を生きた作曲家たちの音楽は日本の未来を担うほどに挑戦的な精神で書かれているため、時代の証言者として演奏され続けなくてはいけない。
一例を挙げるなら、まだティーンエイジャーだった黛󠄁敏郎が東京音楽学校(現在の東京藝術大学)を卒業する際に作曲した《10楽器のためのディヴェルティメント》(1948年作曲)は、戦後の日本を席巻したジャズのテイストを大胆に導入し、プーランクやミヨー、ストラヴィンスキーなどの影響も隠すことなく無防備にミックスしたような初々しい作品だ。ヨーロッパ留学前の黛󠄁青年が敏感に時代の流行を察知するアンテナを有していたことを証明するような曲であり、一聴すれば「こんなにエキサイティングでかっこいい音楽が埋もれていいはずはない!」と思えることだろう。そればかりか、混沌とした中からこそ生まれる「なにくそ精神」のエネルギーさえ感じてしまう。
この新シリーズは、池辺プロデューサーの審美眼によってそうした作品をセレクトし、新しい価値を与えつつ愛好者の輪を広げていくという目的でスタートする。

探究心をくすぐる多様な作風の音楽たち

第1回ではその黛󠄁敏郎作品をはじめ、多様な作風の音楽が選ばれた。
刺激的な響きの中に、高度成長期へ向かう1950年代後半の緊張感を疑似体験できる、湯浅譲二の《7人の奏者によるプロジェクションズ》。パリへの留学で吸収したあらゆるメティエと時代の精神を楽譜へ集約させている、若き矢代秋雄の挑戦的な《弦楽四重奏曲》。カンボジアのアンコールワット遺跡にあるレリーフをモティーフに、ミステリアス・アジアの世界を創造している松村禎三の《アプサラスの庭》。そしてジャズ(ブルース)からバルトーク、さらには東北の民謡まで多様な音楽のエッセンスをこれでもかと詰め込んだ、間宮芳生の《ヴァイオリン、ピアノ、打楽器とコントラバスのためのソナタ》。作曲年代は異なるものの、だからこそ「1929年生まれ」という共通点に帰結するものがないのかを探るのも楽しい。
私たちは欧米をはじめとする国外の作曲家や作品について広く知識を有し、よく探求し、繰り返し演奏を聴いている。しかし日本の作曲家・作品について、同様に積極的な探究心を抱いているだろうか、知らないまま敬遠していることはないだろうかとじっと手を見て自問してしまうような音楽が、ここにはあるのだ。

そして第2回、第3回……と続くであろうこのシリーズ。東京オペラシティに縁の深い武満徹が1930年(昭和5年)生まれであることを考えると、次回はやはり「1930年生まれの作曲家たち(やはり生誕90年)」に期待してしまう。実際「アラウンド1930」と括ってもいいこの時代には、多くの重要な作曲家たちが生まれているのだ。1930年生まれには武満のほか、三木稔、福島和夫、廣瀬量平、諸井誠などが(商業音楽ではいずみたくや山下毅雄も)。1931年生まれには林光、外山雄三、篠原眞、松平頼暁ほか(商業音楽では中村八大、宮川泰、すぎやまこういちなど多数)。
名前を挙げただけでも、発掘しがいのある時代であることがわかるだろう。若い世代の聴き手は、こうした音楽にどう反応してくれるのだろうか。そんな期待も抱きつつ、令和の時代を積み重ねていくのも一興だろう。それはもしかすると、黒澤明や小津安二郎、溝口健二など、昭和の名監督たちによるモノクロ映画に(ノスタルジーではなく)新しい美を見出す感覚と似ているのかもしれない。

■公演情報

池辺晋一郎 プロデュース
日本の現代音楽、創作の軌跡
第1回「生誕90年〜1929年生まれの5人」

2019年7月12日[金]19:00
会場:リサイタルホール

[出演]

池辺晋一郎(お話)
野平一郎(ピアノ) 古典四重奏団
キハラ良尚(指揮) 成田達輝(ヴァイオリン) 山澤 慧(チェロ) 黒木岩寿(コントラバス)
木ノ脇道元(フルート) 荒木奏美(オーボエ) 亀井良信(クラリネット) 福士マリ子(ファゴット)
日橋辰朗(ホルン) 辻本憲一(トランペット) 古賀 光(トロンボーン) 安江佐和子(打楽器)

[曲目]

湯浅譲二(1929〜)7人の奏者のためのプロジェクションズ(1955/56)

矢代秋雄(1929〜1976)弦楽四重奏曲(1955)

松村禎三(1929〜2007)アプサラスの庭(1971)

間宮芳生(1929〜)ヴァイオリン、ピアノ、打楽器とコントラバスのためのソナタ(1966)

黛󠄁 敏郎(1929〜1997)10楽器のためのディヴェルティメント(1948)

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[料金](全席自由・税込)

一般:¥4,000 学生:¥2,000

[チケット情報]

東京オペラシティチケットセンター
03-5353-9999(電話 10:00〜18:00/店頭 11:00〜19:00/月曜定休)

インターネット予約

コンサート情報

池辺晋一郎 プロデュース
日本の現代音楽、創作の軌跡
第1回「生誕90年〜1929年生まれの5人」


2019年7月12日[金]19:00
会場:リサイタルホール

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東京オペラシティ コンサートホール/リサイタルホール


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