エレーヌ・グリモー ピアノリサイタル“Memory” エッセイ「エレーヌ・グリモー “Memory” に寄せて」

フランスのピアニスト、エレーヌ・グリモーが今秋、リサイタルを開きます。今回のテーマは“Memory”。愛奏するラフマニノフのソナタをメインに、シルヴェストロフとショパン、そしてフランス作品によるプログラムです。デビュー以来取材を続ける音楽評論家の伊熊よし子氏にご紹介いただきます。

伊熊よし子(音楽評論家)

エレーヌ・グリモーはコンサートや録音のプログラムを考える際、ひとつのテーマを掲げ、それに沿った作品を選んでいく。その選曲はこれまでだれも考えなかった斬新なスタイルを備え、意外性も秘めている。彼女はさまざまな作品と作品、作曲家と作曲家の間の共通項やつながりを見つけ、それを有機的に組み立てていくことに喜びを見出している。

「私は演奏会や録音のプログラムを決めるのに、各々数年間をかけるのが普通です。全体の構成が決まると、まず録音を行い、ワールドツアーを敢行して演奏を深めていくのです」

ツアー中はその曲目に集中し、他の作品を演奏することはいっさいないという徹底ぶり。プログラムに寄り添い、世界中を回りながら新たな発見をしていく。その精神は、17歳で初来日を果たしたころから変わることはない。「さまざまな作品を演奏するなかである作品と作品の間に共通項を見出すと、それをとことん追求したくなる性格。その好奇心と探求心が私を音楽からさまざまな芸術、文学、歴史、社会全般などを学ぶことへと向かわせ、より深く作品を知ることにつながるのです」

初来日は1987年夏のこと。妖精のような容姿の持ち主だったが、ニコリともしない。やがて無表情のままピアノに向かうと一気に集中力を高め、ラフマニノフの練習曲集《音の絵》を弾き始めた。その細くしなやかな指から紡ぎ出された音楽のなんと雄弁なことか。この1曲で、すばらしい才能の持ち主だと理解できた。そのときのインタビューでは口数は少なかったが、彼女の性格がよく表れていた。

「私、ベートーヴェンやブラームスに代表されるドイツ古典派からロマン派にいたる作品とロシア作品が好きなの。でも、フランスの学校では幅広い作品を学ぶようにいわれ、こうした作品はほとんど弾かせてもらえない。徐々に学校に行きたくなくなり、ひきこもりになったの。親しい友だちもいないし……」

グリモーは両親が途方に暮れるほど扱いにくい子どもで、自傷癖も抱えていた。そんな彼女に両親はあらゆるお稽古事の場を与えたが長続きせず、7歳のときにピアノのレッスンに連れて行くことでようやく解決策を見出した。グリモーはピアノに魅せられ、無我夢中で練習するようになったからだ。

「いくら練習しても終りがなく、けっして完成されることのないこの芸術に心から魅了されたの。自分の満たされない思いを鍵盤にぶつけることで、心が解放されたのよ」

才能はまたたくまに開花、「天才少女」と呼ばれるようになる。だが、自分の感性に響く作品しか演奏しないため、コンサート活動は必ずしも順調には進まなかった。

「いま、ようやく本当に自分がやりたいことができるようになりました。挑戦したいことは山ほどあり、アイディアが次々に湧いてきて爆発しそうなくらい(笑)。音楽に対して思いが強すぎるのかしら、すごくおしゃべりになったでしょ。昔を知っている人はみんな驚くのよ。今後は同時代に生きている作曲家の作品にも目を向け、紹介していきたい」

今回のプログラムはそんな彼女の「いま」を映し出す選曲。ウクライナのヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937〜)から幕開けし、フランス作品とショパンが挟み込まれ、それぞれの色彩と情感を変容させながら特有の空気を漂わせていく。最後は2度録音するほど愛奏しているラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番で、現在の心身の充実を音に託す。ここでは芯が強く迷いのない音に貫かれた、深い表現力が遺憾なく発揮されるに違いない。これは彼女の心の歌であり、魂の訴えである。「私はことばではなく、音楽で自分を表現したい」というグリモーの真情を音から受け取りたい。

東京オペラシティArts友の会会報誌「tree」Vol.129(2018年8月号)より

■公演情報

エレーヌ・グリモー ピアノリサイタル
“Memory”

2018年11月14日[水]19:00
会場:コンサートホール

[出演]

ピアノ:エレーヌ・グリモー

[曲目]

・シルヴェストロフ:《3つのバガテル》op.1より
・サティ:グノシエンヌ 第4番、第1番
・ショパン:ノクターン 第19番 ホ短調 op.72-1/マズルカ 第13番 イ短調 op.17-4
・ドビュッシー:「月の光」/夢想
・ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 op.36

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[料金](全席指定・税込) 残席僅少

S:¥7,000 A:¥5,000 B:¥3,000

[チケット情報]

東京オペラシティチケットセンター
03-5353-9999(電話 10:00〜18:00/店頭 11:00〜19:00/月曜定休)

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コンサート情報

エレーヌ・グリモー
ピアノリサイタル
“Memory”


2018年11月14日[水]19:00
コンサートホール

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東京オペラシティ コンサートホール/リサイタルホール


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