スティーヴ・ライヒ 80th  ANNIVERSARY《テヒリーム》 2017年3月2日[木]

2017年3月2日[木]公演の休憩後に行われた、スティーヴ・ライヒによるトークセッションの内容すべてをテキストで掲載いたします。

聞き手:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)
通訳:久野理恵子

  • 前島秀国:スティーヴ・ライヒさんのコンサートは、まず2008年にアンサンブル・モデルンとシナジー・ヴォーカルズの演奏で《18人の音楽家のための音楽》、それから2012年にコリン・カリー・グループとシナジー・ヴォーカルズの演奏で《ドラミング》を、ここ東京オペラシティ コンサートホールで行ないました。今回が3回めとなりますが、ホールの印象はいかがでしょうか。
  • スティーヴ・ライヒ:ご覧ください、素晴らしいホールですよね。みなさんの場所からだと、わかりにくいかもしれませんが、舞台から見渡すと、まるで仏教のお寺のように見えます。新しい要素の中に、古い要素が溶け込んでいる。2008年にアンサンブル・モデルンと共演した時、舞台上で自分の演奏音がはっきり聞こえました。その時、「みんな、自分の音が聞こえるか?」と訊いたんです。大事な問題ですからね。すると、彼らも「ええ、ちゃんと聞こえます」と答えてきました。今日、私は客席のはるか後方からスピーカーを通して聞いていますが、やはり非常にはっきりと聞こえます。ですから、視覚的にもサウンド的も素晴らしいというのが、私の答えです。
  • 前島:では、ライヒさんの最近のご活動について、作曲中の作品や現在進行形のプロジェクトも含めてお伺いしたいと思います。まず、昨年《パルス Pulse》という作品を初演されました。
  • ライヒ:11月にカーネギーホールで初演された《パルス》は、その名の通り、パルスに基づいています。曲の中で、パルスは私が好きなロックの楽器、エレキベースで演奏されますが、曲そのものはロックではありません。みなさんがまだ、お聞きになっていない曲について話すのは難しいので、これ以上は止めておきます。
  • 前島:今日、日本初演された《カルテット》と、非常に対照的な曲だと伺いました。
  • ライヒ:ええ。ちょっとした裏話をしましょう。私の友人にニコ・ミューリーという、ニューヨーク在住の若い作曲家がいます。そのうち、みなさんも彼の音楽を聞くようになるでしょう。ある日、彼と調号(キー・シグニチャー)について議論していたんです。彼は調号を使わないが、私は調号を使う。すると彼が、合鍵屋のショーウィンドーの写真をJPEGファイルで送ってきたんです。こう書いてありました。「迅速かつ正確にキーをお作りします」(訳注1)。そこで私は「じゃあ、実際に見せてやるよ」と答え、これまでに作曲したどの作品よりも、調(キー)が迅速に変化する曲を書こうと決意しました。それが、たった今お聞きいただいた《カルテット》です。作曲した後、「どうも自分らしくないな、もっと持続性を持たせるべきだ」と感じました。そこで、次に作曲した《パルス》は、もっと穏やかで、瞑想的なパルスに基づく作品にしたんです。
  • 前島:その次に《ランナー Runner》という作品を、ロンドンの英国ロイヤル・バレエで初演されていますね。
  • ライヒ:《ランナー》も、やはり昨年11月に英国ロイヤル・バレエで演奏されました。その後、カリフォルニアのバークレーを拠点とするアンサンブル・シグナルという若い団体が、今年1月に演奏したばかりです。非常に素晴らしい演奏でしたので、彼らがこの曲を録音してくれるだろうと期待しています。《ランナー》の最初のセクションは、ちょうど走者(ランナー)が勢いよく走り出すように、「タカタカタカタカ……」と速い16分音符で始まります。そして、次のセクションにさしかかると、テンポ自体は変わらないのですが、音価が変わります。つまり、16分音符から8分音符に変わる。実際にはもっと複雑ですが、おおまかにはそういうアイディアです。その次の中間部のセクションは「♩♩♪♩♩♩♪|♩♩♪♩♩♩♪」という西アフリカの鐘のようなリズムに基づいています(訳注2)。テンポは前のセクションと同じなんですが、まるで緩徐楽章のように聞こえてきます。そして、また8分音符に戻り、最後に16分音符に戻るという仕組みです。最初は曲名を付けないまま書き始めましたが、完成すると「まるでランナーみたいだ」と思いました。私自身はランナーではありませんが、友人にランナーが何人かいます。ランナーの走り方は、最初は速く走り出し、そのうち息を整えるために速度を落とし、ゴールが近づくと、また速く走り始める。実際のランナーの走り方がそうであれば問題ありませんが、仮に実際の走り方と違うとしても、《ランナー》が曲のタイトルであることに変わりはありません(笑)。
  • 前島:それから、指揮者のクリスチャン・ヤルヴィのために現在新作を作曲中と伺いました。
  • ライヒ:いえ、クリスチャン・ヤルヴィのためではなく、ニューヨーク・フィルハーモニック、ロサンゼルス・フィルハーニック、ロンドン交響楽団、サンフランシスコ交響楽団、シドニー交響楽団、それにヤルヴィが指揮するバルト海フィルハーモニックの委嘱で作曲します。《20人のソリストとオーケストラ 20 Soloists and Orchestra》という面白い曲名です(笑)。説明しましょう。本当は、オーケストラのための作曲をしたくありません(訳注3)。みなさんご存知の《ドラミング》や《18人の音楽家のための音楽》、それに今晩演奏される《テヒリーム》もそうですが、私の多くの作品は室内楽、あるいは大人数の室内楽として書かれています。指揮者が居ても居なくても、1人の奏者が1つのパートを演奏する。それが室内楽です。オーケストラのための作品を委嘱された時、最初は「どうすればいい? オーケストラの作曲なんて考えてもみなかったし」と悩みました。しかし、ふと思ったんです。バロック時代、つまりバッハの時代にはコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)という形式があった。コンチェルト・グロッソは、普通のヴァイオリン協奏曲と違い、2人または3人あるいはそれ以上のソリストと、大人数の伴奏グループから成り立っています。そこで、ひらめきました。「もしも協奏曲のソリストを、第1ヴァイオリン2人、第2ヴァイオリン2人、ヴィオラ2人、チェロ2人、コントラバス2人、フルート2人、クラリネット2人、オーボエ、イングリッシュホルン(コーラングレ)、ヴィブラフォン2人、ピアノ2人にすれば、私が作曲したい音楽のアンサンブルの編成と同じじゃないか! そしてソリストの後ろに、オーケストラの残りの弦楽器と金管が座り、バックバンドとして演奏すればいい」とね。
  • 前島:それから、現代アートのゲルハルト・リヒターとコラボレーションをされるそうですね。
  • ライヒ:ゲルハルト・リヒターとは34年前、ドイツで開催された彼の展覧会の一環で《18人の音楽家のための音楽》を演奏した時、初めて知り合いました。最近、彼は『Patterns』というアートブックを出版しました(訳注4)。これは、彼が描いた1枚の抽象画をコンピューターにとりこみ、その抽象画を半分に裁断し、またそれを半分に裁断し、またそれを半分に裁断し……という作業を、細い帯(ストリップ)になるまで繰り返していきます(笑)。すると、最初の抽象画が、驚くほど純粋な色彩に変化します。つまり、空間の中に、ある構造が生まれてくる。それを見て、ひらめきました。「もしもリヒターのように、楽譜を半分に裁断することを繰り返していったら、リヒターの作品における“空間”を、私の音楽における“時間”と、置き換えることができるのではないか」。それが、これから予定しているコラボレーションの基本的なアイディアです。リヒターは私より少し年上なので(訳注5)、2019年までには完成させたいと望んでいます。
  • 前島:まだまだ新作の話しを伺いたいところですが、これから始まるコリン・カリー・グループとシナジー・ヴォーカルズの《テヒリーム》の演奏が楽しみです。
  • ライヒ:シナジー・ヴォーカルズの創設メンバーであり、《テヒリーム》の冒頭で美しい歌唱を聞かせてくれるのは、ミカエラ・ハスラムという女性です。メンバーは、みなロンドンの歌手です。最初にミカエラと会ったのは今から21年前、1996年にデイヴィッド・ロバートソンが指揮したロンドン交響楽団の《テヒリーム》の演奏会です。その時、「彼女も、グループも、なんて素晴らしいんだ!」と思いました。そこで終演後、彼女に挨拶しに行き、こう言ったんです。「すみません、私は結婚生活に何の問題も抱えていないんですが、電話番号を教えていただけますか?」。それ以来、シナジーとはずっとコラボレーションを続けています。今夜は、ミカエラとシナジーの素晴らしい演奏に、コリン・カリーも加わります。みなさんご存知のように、コリンは素晴らしい室内楽奏者ですが、《テヒリーム》では彼の素晴らしい指揮もご覧いただけると思います。どうもありがとうございました。

訳注:

  • (1)英語では「鍵」も「調性」もkey。調号を使うことによって、調性を明確に記譜しているライヒを、ダブルミーニングでジョークにしている。
  • (2)金属製の円錐形のベルを2つ組み合わせた打楽器ガンコギ Gankoguiで演奏されるリズム。ライヒの作品では、《3つの楽章》(1986)などにこのリズムが登場している。
  • (3)2008年に筆者がインタビューした時、ライヒは次のように答えていた。「1987年に《フォー・セクションズ》を作曲した後、私はオーケストラのための作曲を止めました。第1ヴァイオリンに16人も必要ありません。3人いれば充分です。それに、私の音楽は複雑なリズムを持つので、マイクで増幅しないと聞き取れません。大人数で演奏すれば、かえって混乱を招くだけです。私にとって理想のオーケストラとは ─ 同意できない人が多いのは百も承知ですが ─ マイクで増幅したアンサンブルなんですよ」。
  • (4)2011年に大型本の初版が出版された後、2012年に縮小版『Patterns: Divided Mirrored Repeated』が出版された。日本でも入手可能。
  • (5)リヒターは1932年生まれ、ライヒは1936年生まれ。

日本語訳・文責:©前島秀国
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コンサート情報

スティーヴ・ライヒ
80th ANNIVERSARY
《テヒリーム》


2017年
3月1日[水]19:00
3月2日[木]19:00
コンサートホール

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東京オペラシティ コンサートホール/リサイタルホール


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