アストル・ピアソラ没後20周年記念 ブエノスアイレスの四季 インタビュー パブロ・シーグレル

  • ―ピアソラにとって、ブエノスアイレスは、常に音楽に反映されているように思われます。
    ブエノスアイレスってどういう街だと思われますか?
  • PZ:南米のパリです。南米でも最も大きな都市のひとつで、人口的には確か(州全体で)1200万人位です。フランス、イギリス、スペインをはじめとしてヨーロッパのあらゆるところから移民が入ってきた。港でしたからそこを通って分散していったわけです。イタリア人が来て素晴らしいオペラ劇場を作り、フランス人が来てフランス文化をもたらし、ドイツ人が来てドイツの文化をもたらした。建築物もさまざまです。
    つまり全部のヨーロッパが、港であるブエノスアイレスを通って行ったのです。
  • ―なるほど。シーグレルさんがブエノスアイレスで音楽を勉強された時は、ヨーロッパの音楽スタイルを勉強されたという感じなんですかね?
  • PZ:そうです。とてもヨーロッパ的な影響が強くて、ヨーロッパから来た先生、あるいはヨーロッパで勉強してきた先生ばかりのもとで勉強しました。
  • ―いわゆる本格的なクラシックだけを勉強してきた感じなんですか?
  • PZ:そうです。今でこそブエノスアイレス音楽院では、民族音楽から現代音楽までさまざまな部門もできあがってきましたけれど、私がいた時はクラシックのみでした。私のピアノの最初の先生は女性でしたが、通勤で私の家の前を通るんですね。私がタンゴを弾いていると「ダメダメ。ベートーヴェンを弾きなさい」って注意しに来たほど、クラシック一辺倒の学校環境だったんです。
  • ―ちなみにアルベルト・ヒナステラ(1916-83 *ピアソラの師でもあったアルゼンチンを代表する作曲家)は直接ご存じなんですか?
  • PZ:ヒナステラは私が学生の頃はすでに確かジュネーブに住んでいました。奥様で演奏家であるナトラさんと一緒にね。あの頃、彼が作曲したオペラの一つで裸の女性が出てくるっていうんでスキャンダルになっていたことを覚えています。
  • パブロ・シーグレル
  • ―シーグレルさんは、オーケストレーションという意味ではヒナステラやピアソラのやり方を意識されるのでしょうか?
  • PZ:ええ。ヒナステラは本当に天才的オーケストレーションの技量を持っていた。そしてピアソラもその影響を受けています。でも本当の意味でのピアソラのオーケストレーションや音楽的な言語に大きな影響を与えたのはナディア・ブーランジェ(1887-1979)です。
    ピアソラは、最初の頃はもろにヒナステラの受け売り的なものを作曲していたんですが、パリでナディア・ブーランジェに会ってからは、彼女のおかげで自分の作風を花咲かせることができた。本当の意味で大きな影響を受けたのはブーランジェです。
    ちなみに私自身はといえば、ヒナステラとピアソラ両方からの影響、そしてそれにその他いろいろな人の影響が交じり合って、自分のやり方ができたと思っています。
  • ―ピアソラは沢山のユニークなクラシック的作品を作曲しています。ピアソラ自身のバンドネオン演奏ではなく、そういったピアソラのクラシック作品というのは、まだみんな評価できていない段階にあると思うんです。シーグレルさんからみてピアソラのオーケストレーションというのは、どんな特徴があると思いますか?
  • PZ:私が好きな作品の中に《現実との3分間》があります。一緒にレコーディングもしましたが、あれはどこかバルトークを思わせる作品です。五重奏団最後のCD《ラ・カモーラ》も素晴らしい作品で、そこで彼はいわゆる南米の伝統的な音楽と彼自身のコンテンポラリーな音楽を結びつけ、融合させました。《ヴィブラフォニッシモ》もそうです。
  • パブロ・シーグレル
  • ―今回のコンサートの第1部では、ピアソラのそういった特徴も再現されるのですか?
  • PZ:ピアソラのオーケストレーションを反映したと同時に、私ならではの編曲でもあります。そこで主となるのは五重奏団の時代のものだけではなく、ピアソラの死後、クラシック・ピアニストのエマニュエル・アックスと共演した2台ピアノ版という、すべてを凝縮した形でやったものを出発点にしています。あれを編曲したとき「これをオーケストレーションしたら、どうだろう?」と思っていましたから。
  • ―シーグレルさんとアックスのデュオが出たとき、正直私はやっぱりピアソラ自身のバンドネオンが恋しいという想いがまだ自分のなかに残っていたんです。だけど、久しぶりに聴き返してみて、「こんなに良かったのか」と(笑)。
  • PZ:あのピアノ・デュオは、本当にクロスオーヴァーの先駆け的な存在だったと思います。その後、バレンボイムが続き、ヨーヨー・マが続き…と。今振り返ってみると、ピアソラの作品を演奏するのは、いまやほとんどがクラシックのアーティストばかりという時代にまでなってしまった。その最初だったと思います。
    私のあの2台のピアノのための版は、こういう風に書かれているんです。つまり、五重奏団の場合だと、5つの楽器が同じ音域で演奏することが可能ですよね?違う音色の楽器ですから。ところがその音域が重ならないように2台のピアノで出来るようにしたのです。ある意味、音域を拡げたということですね。そして、それぞれの声部が全部明確に聴こえてくる。透明感のある、クリアなものにしたのですよ。

コンサート情報

2012年7月4日[水]19:00 
コンサートホール

アストル・ピアソラ没後20年記念
ブエノスアイレスの四季

公演詳細情報へ

パブロ・シーグレル
Pablo Ziegler

グラミー賞受賞アーティスト、パブロ・シーグレル(1944年生まれ)は、ニューヨークを拠点に世界で活躍するアルゼンチン人作曲家/編曲家/ピアニスト。名門ブエノスアイレス音楽院を首席で卒業。14歳でリサイタルデビューを飾り、クラシック及びジャズピアニストとして活動をはじめた。1978年より、タンゴの革命児アストル・ピアソラ五重奏団で活躍し、師の引退まで10年余巨匠を支え、世界中での演奏活動に参加した。ピアソラ五重奏団の音楽的発展に大きな影響を与えたことで高評を得る。ソリスト及び指揮者として、オルフェウス室内管弦楽団など世界を代表するオーケストラやオペラ歌手との共演、CD制作の監修も務める。シーグレル作曲《Rojo Tango》は今オペラ界で注目されているバリトン歌手アーウィン・シュロットにより上演されている。2011年8月にはピアソラ作曲(シーグレル編曲)《ブエノスアイレスの四季》およびシーグレル作曲《カンジェンゲ組曲》がノースカントリー・チェンバー・ミュージックフェスティバルで世界初演された。


ページトップ

東京オペラシティ コンサートホール/リサイタルホール


閉じる