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エッセイ:新時代のコスモポリタンペーテル・エトヴェシュの世界
インタビュー:「僕にとって音楽面での父親的存在」藤倉 大 ペーテル・エトヴェシュを語る

エッセイ

新時代のコスモポリタン ペーテル・エトヴェシュの世界

白石美雪(音楽学)

ペーテル・エトヴェシュ

コンポージアム2014では、現代ハンガリー音楽界を代表する作曲家にして、指揮者としても知られるペーテル・エトヴェシュの音楽を特集します。エトヴェシュとはどのような音楽家なのか、音楽学者の白石美雪氏にご紹介いただきます。

平安時代に書かれた女流文学『更級日記』に基づくオペラ《レディ・サラシナ Lady Sarashina》、さらに1970年の三島由紀夫の自決をテーマにした《ハラキリ Harakiri》という2つの作品を書いた作曲家ときいたら、どんな人が浮かんでくるだろう。日本への関心があるというだけで少なからず親近感を覚えるが、選ばれた題材はけっこう通好みだ。民話に魅せられた小泉八雲とか、文化勲章(2008)を受勲したドナルド・キーンのような学究肌の日本贔屓を想像するかもしれない。

ペーテル・エトヴェシュ

©Klaus Rudolph

その作曲家こそ、今年のコンポージアムにやってくるハンガリー出身のペーテル・エトヴェシュである。写真でご覧の通り、いたずらっぽい目つきをする笑顔の優しい人物だ。1970年、大阪万博のときにカールハインツ・シュトックハウゼンのアンサンブルのメンバーとして初来日。6ヶ月間、滞在して、毎日2回の演奏会をこなしたという。「圧倒されたのは日本に特徴的な、古い伝統と新しい文明の対比だ。たとえば能舞台の厳粛さに対して、ベートーヴェンのソナタを娯楽として演奏するカフェがある」と、帰国まもなく書いている。私たちの文化がもつ多層性を、鋭く言いあてた指摘だ。

エトヴェシュの名前が広く知られるようになったのは1970年代。最初に記憶しているのは現代音楽の優れた指揮者という評価だ。シュトックハウゼンのアンサンブルで8年間、演奏や指揮を受け持ったのち、1978年にはピエール・ブーレーズの誘いでアンサンブル・アンテルコンタンポランの音楽監督になる。シュトックハウゼンとブーレーズ。戦後のヨーロッパの作曲界を牽引した二大巨頭に気に入られたことで、エトヴェシュの指揮の才能は立証されている。1980年にプロムスでデビューしてから、欧米の有名オーケストラでの客演を重ね、近年では2009年から12年まで、ウィーン放送交響楽団の第一客演指揮者をつとめた。ちなみにN響でも2008年9月の定期演奏会に登場し、委嘱作《セブン》の世界初演を自ら指揮している。

こうした経歴からみても、彼が積み重ねてきた音楽的教養には、ヨーロッパ系のモダニズムが大きな影を落としている。だが、その基層には生まれ故郷のトランシルヴァニアの民族音楽、さらにはハンガリーの民族音楽のイディオムを吸収したバルトークやコダーイの曲がある。エトヴェシュの作品表を眺めると、前述のとおり、日本の題材もあるが、トニー・クシュナーの『エンジェルズ・イン・アメリカ』やチェーホフの『三人姉妹』もある。つまり、自民族の音楽を大切にしたバルトークが真のコスモポリタンだったのと同じく、エトヴェシュもハンガリーに根ざしつつ、幅広い国々の文化に関わり合ってきた。それらを鍛え上げてきた書法ですくい取りながら、普遍的なテーマとして私たちに示してくれるのである。

コンポージアムで紹介される作品はそれぞれ、エトヴェシュの異なった側面をみせてくれる。《ゼロ・ポインツ》はブーレーズへのオマージュであり、《鷲は音もなく大空を舞い》にはバスク地方のタンブリンの響きと自然を愛する心が宿り、《スピーキング・ドラム》からは祖国の詩人が紡いだ詩のリズムが聴こえてくる。新しい地平をめざす真摯な筆致のなかに、どこか懐かしい音調やユーモラスな音の身ぶりが感じられる。そのアマルガムの響きが、この上なく魅力的なのである。

東京オペラシティArts友の会会報誌「tree」Vol.103(2014年4月号)より

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