コンポージアム2007
インタビュー

[インタビュー1]
西村朗「武満徹作曲賞」&「コンポージアム2007」を語る

撮影:大窪道治
「コンポージアム2007」では、今年度の武満徹作曲賞の審査員に、現代日本を代表する作曲家のお一人、西村朗氏をお迎えし、世界が注目する同作曲賞の本選演奏会を中心に、〈弦楽四重奏曲全集〉〈レクチャー・コンサート「ピアノの世界」〉〈オーケストラ作品展〉の3公演で西村氏の創作世界をご紹介いたします。
「コンポージアム2007」に寄せる期待を、西村氏にお話しいただきました。
(2007年1月26日)






これまで何度か「武満徹作曲賞」の本選会を聴いていただいていると思いますが、この作曲コンクールについてどのような印象をお持ちでしたか。

オーケストラが候補作を演奏する「本選会」を開いて最終審査を行うというのは、たいへん贅沢なことで、世界的にみても例の少ないコンクールだと思います。1人の作曲家に全審査をゆだねるという方法、また譜面審査でファイナリストを選び、音響の優れたホールで演奏するという審査のやり方、すべて「武満徹作曲賞」にしかないユニークな点ですね。世界各国からの反響をみても、武満さんのお名前がいかに大きいかわかります。なかなか実現できる企画ではありませんから、これからもぜひ続けていただきたいと思います。

5人のファイナリストについては記者会見でお話しいただきましたが(2006年11月29日記者発表でのコメント)、全体的な傾向をあらためてうかがえますか。

撮影:大窪道治

今回、世界42か国から156作という大変な数の応募が寄せられ、しかも一様にレヴェルが高く、3年ぶりに再開されるこの作曲賞にふさわしいクオリティの作品が集まったな、というのが感想です。また会見でもお話ししましたように、どの国の作曲家も、情報を得るネットワークを巧みに利用して、コンテンポラリーな作曲の語法、問題意識を共有していることを感じました。それは反面、今後ローカル色を希薄にしていく可能性もあると思いますし、その反動や揺り返し的なものもその後に起きるかもしれません。そういったことを含めて、「このコンクールをみれば新しいジェネレーションの動向がわかる」という存在になっているといっても過言ではないのではないでしょう。

今回、アルディッティ弦楽四重奏団によって、弦楽四重奏曲が全曲演奏されますが(5月21日公演)、これは西村さんにとっても初めての企画になりますね。

アルディッティ・カルテットに出ていただくのは、僕の熱望でもありました。しかも約10年ぶりにカルテットの新作(第4番)を書かせていただくことになり、嬉しいかぎりです。弦楽四重奏というのは、自分の裸を見せるようなところがあって、そのときの自分が持っているものが凝縮されて出てくるので、前進していないと書けないのですよ。1番、2番、3番ともアルディッティが演奏してくれていますから、その流れで今回4番が発表できるのは、たいへん幸せなことだと思います。こんな幸せな作曲家はあまりいないんじゃないですか(笑)。

新作である第4番には「ヌルシンハ(人獅子)」と付されています。

ヌルシンハとはヒンズー教の神ヴィシュヌの化身のひとつで、頭がライオンで体が人間という半身半獣。アーヴィン・アルディッティを見ていると、イメージがだぶってきますよね(笑)。この神話自体、かなりドラマティックです。私は抽象的な音楽を作るのも好きなんですが、近年はストーリー性を持たせて、そのストーリーと、どう“くんずほぐれつ”できるか興味を持ち始めました。ナラティヴ(物語性)な作品に意識を注ぐことは、自分自身をゆさぶり、創作を停滞させないためにも有効ではないかと思っています。これを弦楽四重奏で試みることで、限定された編成のなかから可能性を引き出し、管弦楽をも超えるようなドラマを導けたらいいな、と夢のようなことを思っています。

オーケストラ曲については、これまで何回か作品展を開かれていると思いますが、今回のコンポージアムで特に意識されたことはありますか。

《幻影とマントラ》世界初演に向けてのリハーサルにて
2007年3月19日 ドイツ・ロイトリンゲン
photo: H.Isaka

1980年代、90年代、2000年代と、10年単位で特徴的な選曲をさせていただくことができたと思います。最初の《2台のピアノと管弦楽のヘテロフォニー》は、「ヘテロフォニー」というものがもつ可能性へのチャレンジで、それは極彩色のマンダラ的世界に圧倒されたなかから出てきたものです。続くヴァイオリン協奏曲は、「残光」という、人間の生が終わって死に入っていく余熱のような世界。2000年代はその延長上にあり、今回の《幻影とマントラ》は、チベットの「死者の書」が霊感の源で、それへの讃歌として書いています。

10年ごとの変化は意識的になさっているものですか。それともそのスパンで自然に変わっていかれているのでしょうか。

例えば東海道線が横浜、名古屋、大阪を経て走る、というような進み方ではないことは確かですね。振り子の振りがだんだん大きくなって、横だけでなくいろいろな方向に振れてきている感じがします。「マントラ」とはチベット仏教やヒンズー教でいう「聖なる祈りの言葉」です。自分の内にあるマントラを、オーケストラの響きと旋律で表現したいと思いました。3月にドイツのロイトリンゲンで世界初演される予定で、コンポージアムで日本初演されます。

東京オペラシティArts友の会会報「tree Vol.61」より