2008年10月28日[火]19:00 コンサートホール
エルヴェ・ニケ 指揮
ル・コンセール・スピリテュエル
バロックオーボエ18、バロックバスーン8、ダブルバスーン2、ナチュラルトランペット9、ナチュラルホルン9、ティンパニ2、弦楽器32・・・。
《水上の音楽》を、《王宮の花火の音楽》を、当時の楽器・奏法・音律を徹底的に再現し、全世界で話題騒然となった壮大なプロジェクト、日本初上陸!

一言でいって、目と耳に刺激的なコンサートだ。ステージを80人ものピリオド楽器奏者が埋め尽くす光景だけでも壮観だが、ここで本当に目に焼きつけておくべきは、たとえば腰に右手をあてて起立吹奏するナチュラル・ホルン。これぞ古式ゆかしき正しい姿だ。トランペットも当時のままの楽器を当時のままの奏法で吹き鳴らす……。
ニケ
演奏会にこぎつけるまで、足掛け5年を要したプロジェクト。ル・コンセール・スピリテュエルのメンバーは音楽家であると同時に、楽器とその奏法の歴史の研究家です。彼らの要望もくんで、ディスカッションを重ねながら実現に至りました。リハーサルには調製にあたる楽器製作者もつきっきりです。
私たちがレパートリーの中心にすえてきたフランスのバロック音楽を例にとれば、シャルパンティエの《テ・デウム》を録音したときも、大活躍するトランペット・パートは当時の奏法に従って吹いています。管体に開けたフィンガー・ホール(指孔)で音程を修正などはしていません。そのグループが勉強と研究を重ね、《王宮の花火の音楽》へ発展していったわけです。
トランペットは指孔を開閉し、ホルンはベルに入れた右手を操作し、それぞれ自然倍音から得られる音程を「耳になじんだ」形に修正する。そんな演奏を皆さんはずっと耳にしてきたかもしれませんが、ヘンデルの時代にはありえなかった奏法です。ところがバロック音楽本来のあり方を理解しない指揮者にかかれば、それは聴衆にとって奇妙なものと片づけられてしまう。演奏家もリスクを冒したくないので安全策に走る。要はリスクをとるかとらないか……、という点に尽きるのですが。
聴衆の皆さんも、先入観を捨てるよう努力すべきではないかと思うのです。たとえば森の中で狩りのホルンを耳にしたと想像してください。彼らに特有の音律で吹かれた演奏を耳にしても、まったく奇妙に感じないはずでしょう?

《水上の音楽》でも《王宮の花火の音楽》でも、「ル・コンセール・スピリテュエルというオーケストラの中に、4つの小さなオーケストラが存在すると思ってください」とニケは言う。それぞれのグループにあたるのが、木管楽器(オーボエとファゴット)、トランペット、ホルン、そして弦楽器。彼らが繰り広げる合奏の機微とは?
ニケ
問題点は音律。各グループの音程の取り方が微妙に違うことです。一緒に演奏すると難しい問題が出てきます。どれかひとつに収束させようとすると、別の場所で矛盾が生じて、間違った響きになる。ほとんど解決不可能。練習を重ねるうちに行き着いたのは、まるで料理人みたいな発想でした。
パテを作るときのイメージです。素材を全部小さく切り刻んでまとめてしまうのではなく、それぞれの形を保った上で、大きな塊を作る……。4つのオーケストラをどれも生かすわけですね。グルメな方々(笑)、つまり聴衆の皆さんはその中の好きな部分をお聴きになればいい。各グループが個々の音律で演奏する過程で醸し出される、全体としての味わいを楽しんでいただくのも自由です。
確かにリハーサルを開始したとき、弦楽器奏者は戸惑っていましたね(笑)。ホルンはホルンで、トランペットはトランペットで、どちらも音は強いし、彼らの音律で吹いている。もちろんオーボエ、ファゴットも同じこと。そこに放り込まれた弦楽器は、もうどこに行けばよいのやら……。しかし試行錯誤するうち、ヘンデルはこういった状況そのものを自ら楽しむ形でオーガナイズしていたのではないかと思えてきました。細かく合わせる必要はなく、むしろお互いに離れていってもかまわない。個々の世界を保っているうちに、大きなひとつの効果が得られるということですね。
だいたい現代のオーケストラを聴いていても、フルートが高すぎたりクラリネットが低すぎたり、弦もけっこう滅茶苦茶だったり……。オーボエはまあまあなのに、違うピッチでホルンが吹いていたりすることもあります。ヘンデルの、特に今回取り上げる曲に関しては、私たちの方が音律的にはキチンとやっていると言えるのではないでしょうか?
ぜひとも今回の演奏会では、美しく響くニ長調やト長調の和音に接していただきたいですね。現代のオーケストラでニ長調の交響曲を聴いていても、往々にして間違った響きばかりが聴こえます。曲の終結和音など、ル・コンセール・スピリテュエルでは長3度が力強く、きれいに鳴っているのが確認できるはず。鍵盤楽器でいえばミーントーンの調律に相当する響きを、金管楽器がオーケストラに導入してくれるのですよ。それがトランペットやホルンにとって自然な音律であり、もともと楽器に備わっているものです。オーボエなどにしても、この時代の楽器に複雑なキーはついていませんから、和声的な音程に合わせて吹くのがむしろ容易になるのですね。

去る8月、演奏会場となる東京オペラシティコンサートホールを下見で訪れたニケは、「天井が印象的! ヨーロッパとは違って白木が使われ、明るい色調なのも新鮮です。音響もすばらしいものだと思います」とご満悦の顔。10月のステージに向けての手応えも十分というところだ。
ニケ
エポックメイキングなコンサートにしたいですね。日本の聴衆の皆さんはバロック音楽に対して、どちらかというと「室内楽的で親密なもの」というイメージをお持ちではないでしょうか。でも、それは全体の10%に過ぎません。大仕掛けのオーケストラにこそバロックの醍醐味もあるわけです。途方もないスケール、雄弁さ、力強さ。そんな効果に触れて、驚きと感動を覚えてほしい!
そしてまた、バロック音楽の美学ないし理想像は「声」を模倣すること。声楽的な発想が解釈に結びついていきます。これは往々にして現代の奏者が忘れていることだと思います。ル・コンセール・スピリテュエルのモットーである「歌える器楽合奏」も堪能していただければ嬉しいですね。個々の楽器の「音律」ばかりでなく(笑)。
2008年8月20日 於:東京オペラシティ
構成:木幡一誠(音楽ライター)
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