収蔵品展026 わが山河

並木功《月下浅間》 墨、岩絵具、雲肌麻紙(四曲一双屏風)
並木功《月下浅間》
墨、岩絵具、雲肌麻紙(四曲一双屏風) 169.5 x 569.6cm 2006

今回の収蔵品展は、当館コレクションの源流をたどる特別企画。寄贈者の寺田小太郎氏自身の選定による日本画と版画を中心にご紹介します。全34点の出品作には、コレクションの基軸を成す二つの収集コンセプトのうち、「東洋的抽象」を導き出すに至った寺田氏の思想と哲学、そして一人の人間の歴史が込められています。

ギャラリー3は、寺田家のルーツにとって重要な近江の地にゆかりの作品と、富士や桜に代表される日本の風土を表した作品を展示しています。
ギャラリーに入るとまず、本展のために特別出品されている二つの四曲一双屏風のうち、中路融人(なかじ・ゆうじん)の《伊吹山》が目を引きます。一双で7mを超える迫力の大作は、滋賀県側から見た伊吹山の「ゆったりとして横に麓を長く引いた美しさ」(「中路融人展」図録より)をたたえています。この伊吹山は新幹線から見るのと近い角度で描かれていますが、実際にはそのゆったりと長く引いた優美なラインの左側の一部は、高度成長期の採掘によって削りとられています。失われてしまったものに対する哀しみは、その対象に対する美化を加速させます。代々永らく近江の地に住み、故郷の風景として慣れ親しんできた人々にとって本作は、ただただ美しい山の絵であるだけでなく、人為が自然に成してしまったことの反省的意識ゆえに、よりいっそう美しさを呼び起こすものかもしれません。

向かいの壁には、大野俊明の屏風による二つの琵琶湖湖畔のパノラマが大きく広がっています。比叡山の上から琵琶湖を見渡した《風の渡る道》と、平野からの眺め《風光る:琵琶湖》と二つの角度から、まさに風が通り抜けるようなのびやかな琵琶湖の眺望を楽しめます。
同じく大野俊明による京都のたおやかな桜《春に咲く上賀茂》、稗田一穂(ひえだ・かずほ)による見事なしだれ桜《春満つ谿》、《弥生月》、そして林潤一の《山桜》といったさまざまな桜の表現は、私たちが桜に寄せる特別な親しみを喚起させます。また、同じ画題だからこそ、環境、気候、時間帯によって、数日もしくは一日の数時間のうちに刻々と表情を変える桜に魅せられた各画家の表現の特徴をはっきりと見ることができます。そのことは、吉田博と川瀬巴水(かわせ・はすい)の富士山の定点観測的な版画の連作にも見受けられます。

ギャラリー4では本展のもう一つの見どころ、並木功の四曲一双屏風《月下浅間》を展示しています。雪化粧した頂とその間にのぞく黒く険しい地肌を、岩絵具と引き締まった墨で描き切った大作です。白黒の強いコントラストが、東西に長い日本列島のちょうど要に位置する浅間山の雄大さと崇高さを強調しています。古くから信仰の対象でもある浅間山を敬う気持ちゆえ、寺田氏は本作を見るにつれ、伊吹山と同様に近代化の過程で採掘され削り取られたその地形を思い起こし、資本主義の経済原理に突き動かされてきた戦後日本の極端な歩みを憂うまなざしを投げかけずにはいられないと言います。

自然あふれるかつての近江や武蔵野の山河は、日本の民俗学的な歴史や種々の信仰や文化形成のルーツを解き明かす要となる地形を保っていました。しかし、近代化の歩みとともにその元の地形は失われつつあります。本展の根底に流れる日本の近代化と現代社会に対する寺田氏の厳しいまなざしは、ギャラリー4の最後、相嶋崇人(あいしま・たかし)、秦誠(はた・まこと)、吉村佳洋(よしむら・よしひろ)による瑞々しい田園風景と、元田久治(もとだ・ひさはる)の文明批判ともとれる崩壊した無人の都市風景の対比に集約されていると言えるでしょう。
ギャラリー4には、その民俗学的な日本の神話形成にも関わり、日本画の画題としてもしばしば描かれる那智の瀧のうち、稗田一穂、岡田伊登子の手による作品を展示しています。これらもまた、戦後の激動の世の中を生きてきた寺田氏が今なお考え続けている「日本とは何か?」「日本的なるものとは何か?」「日本人とは何か?」という問いに突き動かされ、たどり着いた作品です。これらの問いかけがやがて、難波田龍起作品との運命的な出会いと東京オペラシティの文化事業への参画を機に、「東洋的抽象」というコレクションの収集コンセプトへ寺田氏を導くに至ったのです。


■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2008.4.12[土]─ 6.29[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日 :月曜日(ただし4/28、5/5は開館)
入場料 :企画展「F1 疾走するデザイン」の入場料に含まれます。

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756