プロジェクトN

project N 31 山口聡一 YAMAGUCHI Soichi
メリーゴーラウンド

《フカしぎよぞら》
寒冷紗、膠、ジェッソ、アクリル、パネル 80.3×116.7cm 2007
 
色面の錬金術

《Galaxy》という絵は心地よい不思議さを抱かせる作品です。もちろん、その不思議さは荒唐無稽なSF小説の挿絵のような光景だからではなく、作品を前にしたときの視覚体験から感じられるものです。この絵を一瞥すると、視線は否が応でも、画面中央寄りに描かれたトナカイの頭部のような形象に惹きつけられます。その得体のしれない形象をとりあえずトナカイと認識すると、視線は画面のそこかしこを往還し始めるのです。たとえば、その手前や背後の山らしきものを、つづいて、それらの上に「生えた」水色や深緑色の苔のような植物を捉え、さらには、画面右下の長い耳をもつウサギのような小動物を見つけ出すという具合です。その結果、私たちは、SF小説のワンシーンを思わせる不可思議な風景を知覚することになります。視線がいわば無意識のうちに形態を解釈しながら画中を動き回り、空想のストーリーが出来上がるのです。もっとも、目の前にある絵が多様な色面の重なり合いにすぎないことはいうまでもありません。「トナカイ」「山」「植物」「ウサギ」にみえる形象も、幻想でしかないのです。

山口聡一は、まだ東京藝術大学2年生だった2006年3月、「GEISAI#9」で最高賞の金賞を受賞しました。このとき出品された1点が《舞舞しぐれ》です。サイケデリックともいえる鮮烈な色彩は日本人離れした印象を与えますが、それ以上に、ひときわ異彩を放っていたのは、まるでロールシャッハ・テストさながらの左右対称(シンメトリー)の基本構図でした。同年に描かれた作品群ではこのロールシャッハ風の構図がいわばトレードマークになっています。

scene
《Galaxy》
寒冷紗, 膠, ジェッソ, アクリル, パネル
194.0×260.6cm 2007
Micheal Kim & Nagisa Nakao氏蔵
《あれこれ》
ジェッソ, モデリングペースト, アクリル, MDF
122.0×90.8cm 2007

1984年にアンディ・ウォーホルが制作した一連の〈ロールシャッハ絵画〉は、キャンバスをたたむ制作方法にしろ、分析されることを狙ったその制作意図にしろ、実際のロールシャッハ・テストにきわめて近いものがあります。ポップアートの巨匠が抽象絵画への関心を示した、禁欲的ともいえる<ロールシャッハ絵画>とは対照的に、山口の作品には、みる者を幻惑する華麗な色彩のハレーション効果の奥に、具象的なモティーフが散りばめられています。《舞舞しぐれ》の幾何学的な色面をしばらく眺めていれば、翅を広げた、橙色の触角をもつ蝶や、濃い紫の嘴を突き合わせた、黄緑の羽と胴に臙脂(えんじ)色の頭をもつ鳥の文様のようなイメージが立ち現われてきます。あるいは、赤や淡いピンクに縁取られた色面は、X線CTやMRIによる脳や臓器の断層画像を想起させるかも知れません。このように山口は、一見抽象的な画面に、具象的なイメージをひそかに忍び込ませるのです。山口作品のなかでは具象と抽象とがポップに同居しています。

歯科医用の注射器を使った点描画風などの騙(だま)し絵的効果もありますが、重層する絵具の痕跡にすぎないはずの山口の絵がイメージの豊穣な多層性をもつのは、透視遠近法を排除しているからではないでしょうか。ルネサンス以来の遠近法が科学だとすれば、非遠近法の山口聡一の絵画は呪術的な祝祭空間ともいえます。そこで眼差しは、幻影とわかっていてもなお奥行のある空間を感じてしまうのです。錯覚は、画面に巧妙に描き込まれ、私たちの眼差しによって発見され解釈されることを待つ、いかにもそれらしい形態の罠によるのです。変形のMDF合板による最新作には、はっきりと愛らしげな小動物が描き込まれています。まるでアリスを不思議の国へと導いた白ウサギのように、彼らは、私たちの眼差しに魔法をかけ、その想像力をかき立てて、軽快かつ神秘的な絵画空間での束の間の夢想に私たちを誘ってくれるでしょう。

展示風景
展示風景  




山口聡一 YAMAGUCHI Soichi
1983 千葉県生まれ
2006 「GEISAI#9」金賞, Hiromi Yoshii賞受賞
現在、東京藝術大学美術学部絵画科(油画)4年在学
茨城県在住
   
個展
2006 「more than paradise」展, magical, ARTROOM, 東京
   
グループ展
2006 「GEISAI#9」, 東京ビッグサイト, 東京
「VOLTA show 02」(ミニGEISAI, カイカイキキブース), バーゼル
2007 「アーモリー・ショウ」(HIROMI YOHIIブース), ニューヨーク
「LISTE 07」(HIROMI YOSHIIブース), バーゼル
参考文献
  • 「現代美術のみかた 山口聡一『More Than Paradise』」,『美術の窓』,生活の友社,277号,2006年10月,p. 130
  • 石井芳征「アクリリックス・ワールド36山口聡一」,『美術手帖』,美術出版社,888号,2006年11月,pp. 189-193

 

■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2007.11.3[土]─ 1.14[月・祝]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日 :月曜日(ただし12月24日、1月14日は開館)、年末年始(12月29日[土]─ 1月3日[木])
入場料 :企画展「北欧モダン デザイン&クラフト」の入場料に含まれます。

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756