収蔵品展024 いのちの宿るところ


西田俊英《煙雨山河》 顔料、紙(四曲屏風) 165.0 x 336.0cm, 1988
photo:斉藤新


古来、日本では万物に神が宿ると信じられてきました。暮らしが現在と比べられないほど自然と密接に結びついていた時代に、人々は自然を豊かな恵みをもたらす生命の源として崇め、そこに自らが調和することを理想としたのです。こうした背景には日本の風土的特質が大きく影響しているといわれます。四方を海に囲まれた島国であるとともに、降り注ぐ雨を森林によってたっぷりと蓄える山々が列島の大部分を占める水と森と山の国。山河草木すべての連環に自らを連ねることで人々は自然とひとつながりの関係を結び、それは日本独特の文化、精神をかたちづくることとなったのです。

今回の収蔵品展では、日本の風土に根ざす自然観、生命観を指標に、東京オペラシティアートギャラリーのコレクションに通底するテーマといえる「日本的なるもの」を探る機会です。寺田小太郎氏の収集・寄贈による当館のコレクションは「東洋的抽象」および「ブラック&ホワイト」を二つの核としていますが、これらのテーマに共通の基底をなすのが寺田氏自身の日本的精神性に関する探求です。寺田氏は「物事を考えるとき、自分を中心に家族や家系、地域や、ひいては日本の風土、民族や日本文化にまで広げていったとき、近いところから属性をおさえていかないと、自分自身がわからないと思うのです。よく言われるようにナショナルなものほどインターナショナルであると私も思います。」と述べ、この視座から日本文化の形成に大きな影響を与えた朝鮮半島などの文化文明に、限られた色で豊かな世界を紡ぎ出す白と黒の表現に相対しています。私たちの祖先が自然へと向けたまなざしを浮かび上がらせるこの試みは「日本的なる精神」をかたちづくった要素を探る機会として私たち自身を確認する場となり、その理解は自身を外部へとおおらかにひらくきっかけになるのではないでしょうか。

展示の冒頭は、生命の揺籃としての自然を表す作品で構成されています。有元容子、岡田伊登子はやわらかな色彩と筆致で山や湿原の風景を描いているが、そこに満ちるしっとりと湿り気を含んだ空気は鑑賞する私たちを画面の中に誘い入れるかのように包みこみます。有元の《静かな時》は深い夜の眠りからの目覚めた一瞬を描いた、新たな一日を迎える山の誕生ともいえる情景です。この静謐さは長くは続かず、ひとときの後にはこの山を住処とするさまざまないのちがにぎやかに活動を始めるでしょう。岡田の作品も一見寡黙です。《湿原・釧路》で動きを感じさせるのは大きく蛇行しながら画面を横断する川のみで、その川の流れは緩やかです。しかし画面に目をこらすと現れる手漉きの和紙に残る楮(こうぞ)のわずかな凹凸や、その上に乗せられた岩絵の具の細かな粒子の重なりのように、広大な湿原の下で無数のいのちがはぐくまれていることに思いがおよびます。
竹内浩一の動物たちは、作家が羽や毛の一本一本を描き込む緊張感から解放され、最後の一筋を描き終えて筆を置いたその瞬間につく息を送り込まれて、生を受けるかのようです。丹念な作業によって驚くべき精緻さで表現される動物に対し、その背景には具体的な場所を示すものがほとんど見られません。まだどこにも属さない、生み出されたばかりのいのちの姿が描かれているともいえるでしょう。

ギャラリー4展示風景
竹内浩一《遠ざかる音》 顔料、紙
182.0 x 215.5cm,
photo: 斉藤新

当館のコレクションには那智の滝を主題とした作品が多く見られますが、日本的な精神について考察するうえで自然崇拝の文化、その結晶としての熊野信仰に触れることは重要です。熊野三山は自然崇拝の聖地であり、那智の滝はそのご神体のひとつで、雄大な姿とその象徴性が多くの作家を魅了しています。箱崎陸昌の《瀑布遠望》は押さえた色調で滝とそれを取り囲む原生林を表していますが、ことに渦巻くように落ちていく水の表現はなまなましささえ感じさせるほどに雄弁で、周りの幽玄な森との対比が見事です。稗田一穂の《顕現》は構図の妙が冴える作品です。滝は画面下方にわずかに描かれるのみですが。同じ軸線上に付された太陽と神の使者・八呎鳥(やたがらす)が構図上の効果を強調する。那智の滝を扱う作品には、画面に神道にまつわるモチーフが見られる場合もあり、自然信仰を基とする熊野が神道、仏教の要素を取り入れた結果の多義性を示す例として興味深いものです。

ギャラリー4に並ぶのは、情念が昇華する場面を描いたような松本祐子の幻想的な植物画、ねじれる古木と吉祥果である柘榴の実、常緑のサボテンを重い色彩で表した内田あぐりの屏風、モチーフの選び方とその配置によって内的世界を表出する川口起美雄のテンペラ画など、内なるいのちの表現する画家のあくなき欲求が見て取れる作品です。「穢土」の主題で人間と大地を一貫したテーマに掲げて制作を続ける小嶋悠司の画面は、もはや具象性を失った人間が大地と溶解し、その中から根元的な力をわき上がらせているようです。奥山民枝の場合、抽象的な表現は天空にうごめく宇宙的ないのちの存在を想像させると同時に、画面上の世界は私たちひとりひとりが持つ内的風景、内なるいのちをも感じさせる壮大な作品です。
古来以来の風土的、文化的背景の複雑な重なりによって形成された精神は、現代を生きる私たちを連綿と流れながら、新たな要素を加えて「日本的なるもの」を日々更新していきます。さまざまないのちのかたちを展観するこの試みが、私たちひとりひとりに息づく内なる精神を確認する機会となることを願ってやみません。

 

ギャラリー4展示風景 ギャラリー4展示風景
ギャラリー4展示風景 ギャラリー4展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2007.7.21[土]─ 10.14[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月5日(全館休館日)
入場料:企画展「メルティング・ポイント」の入場料に含まれます

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社
協力:相互物産株式会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756