収蔵品展022 ブラック&ホワイト ─ 黒のなかの黒 白髪一雄《游墨 壱》
白髪一雄《游墨 壱》
油彩、キャンバス
130.0 x 162.0cm 1989
photo: 斉藤新


黒のなかの黒 ─ 有限のなかの無限について

第22回目となるこのたびの収蔵品展では、「東洋的抽象」と並んで当館コレクションの骨格を成す二大テーマの一つ「ブラック&ホワイト」から「ブラック=黒」に焦点を当てています。コレクションを収集・寄贈された寺田小太郎氏の「日本的なるもの」のルーツの探求と、コレクションの中心作家の難波田龍起が生涯をかけて希求した「日本的抽象」という概念の出合いが、相関関係にあるこの二大テーマへと寺田氏を導きました。今回はその片方の枝葉に一歩踏み込んでコレクションを概観しています。


ギャラリー3展示風景
ギャラリー3展示風景

谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』のなかで、日本人が古来より闇を意識し、闇と共存する暮らしによって優れた生活習慣や文化を培ってきた事実を、建築や美術や料理に至るまで端的に記述しています。着物姿に鉄漿(おはぐろ)をほどこした昔の日本女性を谷崎は、文楽の人形のような「襟から上と袖口から先だけの存在であり、他は悉く闇に隠れていたものだと思う。」(*1)と述べました。女性の存在もお吸い物の椀の中身も露(あらわ)でないからこそ、その良さが表れるというわけです。「陰翳の作用を離れて美はない」(*1)という谷崎の論には、闇のなかのものの輪郭のように、限定と非限定を一続きのものとして捉える考え方が見られます。それは当館のコレクションにも特徴的な、両義性を肯定する日本的な考え方とも言えるでしょう。


白と黒の世界に関して寺田氏はかつて、モノクロからカラー映画へ、無声からトーキーへ移行した際のことに触れ、「表現手段が豊かになれば、即表現が豊かになるとはとても思えない。表現を究極まで推し進めていくと非表現にたどり着いてしまうという考えが私にはあって、その非表現の一歩手前で留まったような作品や、表現の世界から非表現の世界を振り返ったような作品、またその逆の作品というのにひじょうに惹かれる。表現と非表現が照応しあっているその動きにです。」と述べています。(*2)全ての絵具が混ざり合い、あるいは削ぎ落とされて最後に到達するのが黒。黒という色は表現を突き詰めるほど、反比例し限りなく非表現に近づきます。しかし表現の衝動を放棄しているのではありません。

ギャラリー4展示風景
ギャラリー4展示風景


ギャラリー3の桑山忠明、山田正亮、菊畑茂久馬、松谷武判、白髪一雄、村井正誠など戦後日本の前衛美術を切り開いてきた美術家は、非表現とされてきた日常の行為や運動を美術表現として昇華させる活動を行ったり、幾度ものスタイルの変遷を経た試行錯誤の結果、シンプルなフォームにたどり着いたりしています。白髪一雄がロープにぶら下がって足でキャンバスに描きつける激しい動のなかの一瞬の静と、ホアン・ミロ、サム・フランシスの腕の動きを感じさせるドリッピング、または鄭相和の抑制された単色作品の並びは、抽象表現における身体性や「東洋性」とは何かについて考えるうえでいずれも興味深い作品です。簡単には比較し得ないほど長い制作活動を行っている作家だけに、このように色彩を限定することで見えてくるものもあるのではないでしょうか。

ギャラリー4展示風景
ギャラリー4展示風景


白髪一雄、浜田浄、村上友晴などの赤と黒の併置では、黒という色の深淵さを見ることもできます。カラーをモノクロフィルムで撮影すると濃い赤はほぼ黒に映りますが、それを効果的に使用したのが、実在するボクサーの自伝を基にしたマーティン・スコセッシ監督の映画『レイジング・ブル』(1980)。リングに飛び散る汗と血は、モノクロであるためにどちらとも区別がつきません。これは言うなれば「黒のなかの赤」でしょう。
さらに、油彩、陶、鉛筆、墨、版、写真と異なる素材と技法による黒の違いを見ることもできます。例えば同じ鉛筆を用いても、手の振動と抵抗感の表出によって紙と鉛筆それぞれの素材感が伝わる李禹煥、鉛の黒く重い光沢が、原稿用紙の薄さと羽というモチーフの軽さと好対照を成している太田真理、そして鉛筆の細密画を多く制作している河内良介の作品では、鉛筆が成せる繊細な線を自在に操った写実的でシュールな幻想世界が展開しています。


黒のなかには無限の色があります。一つの色、一つのコレクション、それを収集した一人の人間。「一」という単位で限定的に語られるものであっても、そこには単一の解釈には回収され得ない無限の広がりがあるのです。

山中現《冬の日》 ギャラリー4展示風景
河内良介《レコード盤》
鉛筆,紙
21.5 x 14.0cm 2001
ギャラリー4展示風景

*1 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(中公文庫)、中央公論社、1995年、pp.46-49
*2寺田小太郎、大島清次「コレクションにおける「私」性」(対談)、『東京オペラシティアートギャラリー収蔵品選』、(財)東京オペラシティ文化財団、1999年9月9日、pp.136-137


■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2006.10.7[土]─ 12.24[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日 :月曜日(ただし10/9は開館)、10/10[火](振替え休館)
入場料 :企画展「伊東豊雄 建築|新しいリアル」の入場料に含まれます

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:NTT都市開発株式会社、日本生命保険相互会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756