◎収蔵品展014
日本の春 ─ 寺田コレクションより

2003.3.21[金・祝]─ 6.8[日]




四季に恵まれた日本には、季節にまつわる表現が豊富にあります。古くから多くの画家や歌人が春を主題とした作品を残していますが、そこには厳しい冬を越えてやわらかな雨が大地を潤し、植物が芽吹き、花が蕾を膨らませ、新しい生命が自然界に溢れる季節の喜びが感じられます。一方でその喜びが、永続しない儚くうつろいゆくものであることも、芸術家の繊細な感性を刺激し、新たな創作意欲を喚起するのかもしれません。
ちょうど春から会期が始まる今回の収蔵品展では、寺田コレクションのなかから、やわらかく、晴れやかで、しっとりとした春を連想させる作品を中心に、さまざまな春の表情をご紹介します。





京都に生まれ、現在も京都で制作を行っている日本画家の大野俊明は、画家にとって身近な京都や滋賀の風土に根ざした景色を描いています。近作の《風の渡る道》(1996)、《風光る:琵琶湖》(2002)は、悠々と水を湛える琵琶湖を中央に配し、近江の町の近景から青く茂った山々の遠景までをパノラミックな視点で眺望している屏風です。対象を真っ直ぐに捉えながらも、徹底的に観察しぬいた鋭利な写実を前面に呈するのではなく、薄く靄がかかったような乳白色を表面に纏わせることで、湖上に「風の渡る」ような、柔和で伸びやかな作品となっています。
また、梅が咲く初春の時期を描いた屏風《風の調べ:洛北大原 宝泉院》(1995)は、金箔と深紅、深緑の対比が目に鮮やかな屏風です。この作品には、身近な景色を描いたもの以上の晴れやかさが感じられますが、それは絢爛な色彩のためだけではなく、寺院の中に座してそこから庭を見渡す構図で描かれていることにもよるでしょう。というのも、民俗学において、非日常と日常を表すのに「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」という言い方がありますが、私たちにとって寺院という空間は非日常、つまりハレの空間です。正月や祝いの席で着る「晴れ着」が「晴れ=ハレ」に由来するように、ハレの空間には日本の年中行事における「特別な日」としての晴れやかさや厳かさが漂います。そのため、鑑賞者の視線が法泉院の院内にあるこの作品は、身近な景色のなかにある春というより、居住まいを正した晴れやかさ、言うなれば、少し早めの梅を迎えた新春正月を思わせるのではないでしょうか。


大野俊明《風の渡る道》
顔料,紙(四曲屏風)
160.0 x 390.0cm
1996


大野俊明《風の調べ:洛北大原 宝泉院》
顔料,金箔,紙(四曲屏風)
168.5 x 370.0cm
1995


また、《雪梅》(1994)に始まる松本祐子の日本画では、今回展示している4作品で、新春から晩春までの優雅な春の経過が感じられます。大野の屏風が画面の端から端までぐるりと左右を見渡す視点移動で描かれているのに対し、松本の作品はいずれも画面の中央に配した水面、月、山、木を近景の植物が取り囲む構図で描かれています。視線を中央に集約させることによって画面に安定感が生まれ、全体が淡い黄白色を基調とした、やわらかい曲線による大きな円の一部にも見えてきます。この曲線構造が、松本の作品に特徴的な優雅さを生み出しています。


松本祐子《春の波》
顔料,紙 158.0 x 238.0cm
1994


松本祐子《春の流れ》
顔料,紙(四曲屏風) 139.5 x 342.0cm
1999


一方で版画作品からは、春爛漫の晴れやかさや優雅さだけではない別の春の姿も見られます。例えば、木版画の技法で紙に写し取られた線と面が必然的に持っている木の粗い素材感は、磯見輝夫の小品では、厳春のイメージと呼応して、描かれた孤独な人物の寂寥感と、春を待ちわびる痛切な思いを訴えかけてくるようです。また、和紙のうえに彩墨で刷られた郭仁植の繭型の集積は、一面に舞い散った桜の儚くも美しい情景を想起させます。
しかしながら、春の儚さの後、沈みすぎることなく気持ちを切り替えられるのが四季の素晴らしいところで、間もなく私たちは緑に囲まれることになります。収蔵品の中核である難波田龍起の作品は、一般に後期の抽象絵画に見られる青や黄が難波田独特の色彩として浮かびますが、今回展示している中野や尾瀬沼を描いた初期作品には、黄緑から緑にかけての色彩が豊富です。順に《尾瀬沼》(1928)、《木立:中野風景》(1929)、《木立》(1931)を経て、《山と水》(1942)、《富士》(1942)と見ていくと、山水一体の東洋的空間表現を目指した画家の初期の軌跡、つまり距離を基にした西欧の遠近法とは異なり、平らな1枚のキャンバスのなかに対象を並置して、上下左右の位置関係から空間を生み出そうという兆しが見られ、興味深いものがあります。
難波田龍起《木立》
油彩,キャンバス 72.7 x 60.6cm
1931
難波田龍起《山と水》
油彩,キャンバス 50.0 x 60.5cm
1942
日本では、春が社会的な区切りであることから、それは新たな1年の始まりとして我々に心地よい緊張感を与えると共に、未来に対する期待と希望を抱かせ、明るく、新鮮な心持にさせてくれます。奥山民枝が描く暖かな大気を孕んだ画面は、日本の春のやわらかさが、湿り気ある大気に由来することを髣髴とさせます。そしてその奥から差す光は、新たな希望を象徴するかのようです。
本展をとおして春の様々な表情を見るのに合わせて、作品から少し想像を膨らませ、それらが根差す背景や日本の風土について思いをめぐらせてみることもまた、味わいの一つとしてお試しされてはいかがでしょうか。それは同時に、寺田コレクションの基軸の一つ「東洋的抽象」を考えるうえで欠かせない、「東洋的なるもの」の所在を探求する一歩になることでしょう。





出品作家
相笠昌義、磯見輝夫、市川美幸、大野俊明、奥山民枝、柿崎兆、重岡良子、竹田康宏、田中良平、千葉鉄也、郭仁植、中島祥子、難波田龍起、西川利夫、深井隆、舟越保武、松本祐子、山本正文(五十音順)


インフォメーション
場所:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2003.3.21[金・祝]─ 6.8[日]
開館時間:12:00 ─ 20:00(金・土は12:00 ─ 21:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日=5.6[火])

入場料:一般\300(\200)、大学・高校生 \200(\150)、中学・小学生 \100(\50)
project N 13「西澤千晴」もご覧いただけます。
※( )内は15名以上の団体料金、夜間割引=閉館1時間前以降の入場は半額/その他割引制度あり。
※割引の併用はできません。

※企画展:エイヤ=リーサ・アハティラ展束芋展のチケットでもご覧いただけます。

主催:(財)東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命/ NTT都市開発/小田急電鉄

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756