◎収蔵品展008
NAMBATA Tatsuoki & NAMBATA Fumio
難波田龍起と難波田史男 1960 ─ 1974

2001.7.1[日] ─ 9.16[日]



日本の抽象絵画を語る上で欠かすことができない画家、難波田龍起(1905─1997)と龍起の次男として生まれ32才の若さでこの世を去った難波田史男(1941─1974)。東京オペラシティアートギャラリーが所蔵する寺田コレクションは、この二人の作品を集める最も充実したコレクションとして知られています。独自のテーマを設定し、収蔵品によって構成される収蔵品展の第8回目では、難波田龍起と難波田史男の作品を時代毎に並べ て見せ、それらの作品から垣間見えてくる画家としての二人の交流に焦点を当てます。

本展で取り上げる1960年から1974年にかけて、龍起と史男は同じ屋根の下で二人の画家として暮らすことになります。 龍起と同じ早稲田高等学院を卒業した史男は、1960年に文化学院の美術科に入学し、画家としての第一歩を歩み始めま した。しかし学校の規格化された授業に疑問を感じるようになった史男は、ほとんど学校の授業には興味を持たず、 現実と内面との間で悩み苦しむ自己の心を癒すかのように、自室にこもり、ひたすら絵を描き続けました。「水の中をただよう蜘蛛の糸」のように繊細な線と、現実の重みに押しつぶされてにじみ出てきたような淡い色彩による彼の絵画は、一人の青年の魂の救済という個人的な次元を越え、日常さまざまな困難に直面する私たちの心の奥深い部分と共鳴する普遍的な美しさを湛えています。
教会
難波田史男 ≪教会≫
油彩、紙/51.0×30.6 cm
1960
無題
難波田史男 ≪無題≫
水彩、インク、紙/76.5×109.0 cm
1964
一方父龍起は、高村光太郎の薫陶を受け、戦前は古代ギリシアを憧憬するような具象絵画を多く描きますが、戦後になると抽象絵画に転じ、自己の内面の追求を抽象的な絵画空間の探求に重ね合わせるかのように精力的に制作に取り組みます。その中でも特に、史男が作家として歩み始めた1960年以降から1970年代前半の作品には、史男の作品にみられるような、自己の内面を無意識のうちに紡ぎ出すオートマティスム的な手法が強く現れています。またこの頃の龍起の作品を、それ以前の50年代の抽象構成主義的な作品や70年代後半以降の心象風景的な作品と較べてみると、その何点かから、史男の作品の大きな魅力でもある、奇妙な生き物たちや幻想的な光景が奏でるユーモアの感覚に近いものを感じ取ることができます。
ファンタジー 赤
難波田龍起 ≪対話≫
油彩、パラフィン紙、キャンバス
61.0×72.0cm
1964
対話
難波田龍起 ≪ファンタジー 赤≫
油彩、エナメル、キャンバス
72.8×91.0 cm
1966
難波田史男は1974年の1月29日に、兄紀夫との旅行の最中、瀬戸内海を航行するフェリーから転落してこの世を去りました。ついで1975年に、このとき一緒であった兄の紀夫も心臓発作のために急逝します。 相次いで愛する二人の息子を失った龍起の失意と悲しみがいかばかりであったかは想像を絶するものがありますが、しかしこの時すでに70才を越えていた龍起は、この痛ましい事実を逆に糧として生きていくことを、父親としてまた、画家として自分に課せられた使命と捉え、その後精力的に作品制作に取り組んでいくことになります。
展覧会にて難波田龍起と難波田史男の作品を年代を追って交互に眺めていくことで、最も信頼しあっていたこの二人の間に育まれていた優しくも美しい心の絆が見えてくることでしょう。
ベトナムの太陽と月
難波田史男 ≪ベトナムの太陽と月≫
水彩、インク、紙
21.0×28.3 cm
1968


インフォメーション
期間:2001.7.1[日]─ 9.16[日]
開館時間:12:00 ─ 20:00(金・土は21:00まで、最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)

料金:一般\300(\200)、大高生\200(\150)、中小生\100(\50)
※( )内は15名以上の団体料金、その他割引制度あり
※企画展「あなたの家はわたしの家、わたしの家はあなたの家」展のチケットでもご覧いただけます。

主催:(財)東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命/ NTT都市開発/小田急電鉄

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel.03-5353-0756