収蔵品展068
李禹煥 版との対話

2019.10.16[水]— 12.15[日]

《都市の記憶より 2》

《都市の記憶より 2》
リトグラフ,アルシュ紙
60.0 × 80.0cm
1989
photo: 斎藤新
©LEE Ufan



当館の収蔵作品を蒐集した寺田小太郎氏(1927–2018)は生前、次のような言葉を残している。「朝鮮半島の影響は日本美術の一つの大きな要素で、歴史的に見ても現在においても生きている。韓国の作家の仕事は、日本文化を理解するうえでたいへん重要ではないかと思っています」[*1]。この寺田コレクションのテーマのひとつ「東洋的抽象」にもとづいて蒐集された作品には、韓国をルーツとする作家のものも多数含まれている。今回は、その中核を占め、今なお国際的に活躍し続ける作家、李禹煥の版画作品を紹介する。


李禹煥(1936– )は、1960年代末期から1970年代半ばにかけて日本で起こった前衛芸術の動向「もの派」の理論と実践における中心的役割を担い、その後の現代芸術に大きな影響を与えたことで知られている。その作品は、彫刻、絵画、ドローイング、版画など多岐にわたるが、それらの制作に一貫しているのは、自らの考えや感情など作家の内面を表現することよりも、人間と「もの」、あるいは「もの」と「もの」との関係性を問う姿勢である。例えば李禹煥の彫刻作品は、石や木などの自然物と鉄やガラスなどの工業製品が、「つくる」という行為を最小限に抑制して空間に配置され、周囲を取り込んで余白の広がりを感じさせる。絵画作品の、静かに繰り返される筆ののびやかなストロークは、かすれやズレをともない、キャンバスを超えて無限の広がりを見せる。何もない空間に石を置く。まっさらなキャンバスに点を打つ。先ほどまで個別の「もの」や「空間」だったものが互いに結びつき、これまで見過ごされてきた「世界」と私たちとの間に新たな「出会い」をもたらす。李禹煥は、石や鉄、あるいはキャンバスや筆との弛まぬ静かな対話を通して、その「出会い」を見出すのである。



《Avec l’espace》
《Avec l’espace》
リトグラフ,土佐手漉き和紙
56.3 × 76.3cm
1992
photo: 田中俊司
©LEE Ufan


李禹煥は、1970年から継続して版画作品を制作してきた。1970年代から1980年代初期に制作された〈点より〉や〈線より〉のシリーズは、同じような点や線が反復して描かれている。微妙な差異を持ちながら有機的に繋がり集積することで、画面には緊張感が漂っている。1980年代半ばから後半にかけては、点や線が次第に不規則になってゆく。今回展示している〈港より〉や〈都市の記憶より〉のシリーズでも、画面にゆがみや隙間が生まれ、いくつもの筆の痕跡が空間と響き合うように描かれている。やがて1990年代から2000年代になると、余白はさらに広くなり、点や線はより研ぎ澄まされて空間の中に佇むようになる。地である紙面は周囲の空間と溶け合い、表現の変化とともに、より一層の広がりを見せている。
20歳で日本に渡るまで韓国で過ごした李禹煥は、幼少より故国の伝統のもと、詩、書、画に親しんで成長した。その基本教育である、筆で点を打ち、線を引くという行為の繰り返しの中で、それらのもっともシンプルな要素が森羅万象の基礎であることを学んだことは、これらの制作の原点となっていることだろう。



《筆より》

《筆より》
シルクスクリーン,波光紙
28.0 × 32.0cm
1982
photo: 田中俊司
©LEE Ufan

《From Point and Line 4》

《From Point and Line 4》
ドライポイント,アルシュ紙
29.0 × 36.5cm
1983
photo: 斎藤新
©LEE Ufan



版画というと複製技術としての側面に意識が向きがちだが、李禹煥は「原画」の複製としての版画に異を唱え、次のように語っている。「作家の営みがコピー事ではありえないのと同様、版画が複製画になることはない。版画は、類似性を持った複数であることはあっても、一枚一枚、作家と版との抜き差しならぬ対応の中で出来る、純粋にオリジナルなものなのだ」[*2]。ここには、原画のイメージを単に複製するのではなく、版画の制作という行為そのもの、版の制作から刷りにいたるその過程のすべてを大切にする作家の姿勢が表れている。李禹煥にとって版画の制作とは、絵画や彫刻の場合と同様、「もの」や空間との関係性の中で進められていくものであるが、それは第一に「版」という物質との対話を持ってはじまっている。版画制作の過程では、刷りの工程において一枚ごとに微妙なズレやインクの濃淡の違いなども生まれる。さらには刷り師や機械などのさまざまな条件も、そこには作用している。自らのコントロールから外れたものが関わる過程の中で、作家が予期せぬ効果が表れることも、李禹煥にとっては版画の制作を豊かにする重要な契機なのである。自分以外の要素を取り込むことで、作品をより偶発性を含んだものに近づけることができ、関係性の提示、ひいては未知の世界との「出会い」を生み出すことができるからである。
このように李禹煥の版画作品は、版や紙、インクなどとの多くの「出会い」によって生み出されてきた。これらは鑑賞者と「出会う」ことによってもまた新たな世界に開かれてゆくのだろう。作品の前に立ち、じっくりと作品と対話するとき、私たちはこれまで意識しなかった「世界」に触れることができるのかもしれない。

[*1]寺田小太郎,大島清次「コレクションにおける『私』性:寺田小太郎氏に聞く」『東京オペラシティアートギャラリー収蔵品選』,東京オペラシティ文化財団,1999年,137頁
[*2]李禹煥「版画について」『李禹煥 全版画1970–1986』,シロタ画廊,1986年,15頁

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景


■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4 寺田小太郎メモリアルギャラリー(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2019.10.16[水]— 12.15[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「カミーユ・アンロ|蛇を踏む」のチケットでもご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:NTT都市開発株式会社


お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

開館日時

  • 2019年11月19日[火]
    11:00 - 19:00
  • 2019年11月20日[水]
    11:00 - 19:00
  • 2019年11月21日[木]
    11:00 - 19:00
  • 2019年11月22日[金]
    11:00 - 20:00
  • 2019年11月23日[土]
    11:00 - 20:00
  • 2019年11月24日[日]
    11:00 - 19:00
  • 2019年11月25日[月]
    休館日

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