イントロダクション
Introduction

1978年フランス生まれのカミーユ・アンロは、映像、彫刻、ドローイング、インスタレーションなどさまざまなメディアを駆使して「知」と「創造」の新しい地平を探求する作家です。作品は旺盛な好奇心に突き動かされた直観とリサーチにもとづき、理性と感覚の間を行き来する自由さにあふれています。アンロの関心は、文学、哲学、人類学、デジタル化された現代の情報化社会をはじめ、世界のあらゆるものに開かれています。しかしそれらを情報としてただ受け取るだけではなく、自分なりに咀嚼し、理解することによって広義の教養(すべてのものから学び、内在化したうえで活かすもの)として、天地万有的(ユニバーサル)ともいえる秩序と混沌の両義性をもった作品へとおおらかに昇華させるのが、アンロの最大の魅力です。

こうした彼女の制作は、2012年のオクウィ・エンヴェゾー芸術監督によるトリエンナーレ「極度の親密性(Intense Proximity)」への参加、また映像作品《偉大なる疲労》で2013年第55回ヴェネチア・ビエンナーレの銀獅子賞を受賞したことで国際的に知られることとなり、2017年にはパレ・ド・トーキョー(パリ)にて、全館を使った"carte blanche"(全権委任・自由裁量)の個展開催の権利を与えられた史上三人目の作家となるなど、現代美術家としておおいに注目を集めています。

日本においてアンロの作品は映像を中心に紹介されてきました。本展は、大型のインスタレーション作品を含めた作家のこれまでと現在を、日本で初めて総合的に展示する機会となります。いけばなに触発された作品は、草月流の全面的な協力によって会場で制作され、日本での個展ならではの試みとなります。

彼女のあくなき知への冒険を共にたどる今回の展示は、私たちの身の回りをはじめとする世界への視点、そして知識・教養とはなにかを考えさせてくれるでしょう。情報化された現代社会において、情報自体を手に入れることは以前よりずっとたやすくなりました。しかしその分、ひとつひとつの情報をその来歴や背景を含めて読み込み、大切に扱う姿勢を失ってしまった部分があるかもしれません。アンロの探究は「知りたい」という素直な欲求にもとづくものですが、その作品からは、人類が築いてきた知の体系と、それに吸収され得ない未知の領域、あるいは言語化し得ない側面があることを、等しく尊ぶ姿勢が見てとれます。ひとつひとつのものごとを問うことにはじまり、さらに異なる視点で見てみようと問い続ける態度は、彼女の世界との向き合い方の特徴です。この終わりのない探求に彼女自身が喜びを感じていて、それが対象への敬意によって裏打ちされていることは、作品の随所で見ることができるでしょう。

アンロの作品の数々を通して、探求の先の答えは一つに収斂されることはなく、さまざまな矛盾や多義性の混沌のなかにこそ世界の理(ことわり)と創造の源があることを体感していただけることでしょう。

〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉
2011- ミクストメディア
ギャラリー・カメル・メヌールでの展示風景(2012)
photo: Fabrice Seixas
《青い狐》 
2014
パレ・ド・トーキョーでの展示風景(2017)
photo: Zachary Tyler Newton

courtesy the artist and galerie kamel mennour (Paris/London) Metro Pictures (New York) KÖNIG GALERIE (Berlin)
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo 2019