収蔵品展066
コレクター頌
寺田小太郎氏を偲んで

2019.4.20[土]— 6.23[日]

難波田龍起《生の詩》

難波田龍起《生の詩》
油彩,キャンバス
71.5×48.5cm
1988
photo: 早川宏一



東京オペラシティアートギャラリーが収蔵する寺田コレクションは、東京オペラシティビルの共同事業者の一員である寺田小太郎氏(1927-2018)の蒐集、寄贈によるものです。東京オペラシティ街区の地権者の一人であった寺田氏は1991年、新国立劇場建設をはじめとする官民一体の再開発事業に参加し、街区内の美術館創設に協力するため、収蔵すべき作品の蒐集に努めたのです。
コレクションは、難波田龍起・史男父子の作品約600点をはじめ、戦後日本を中心とする絵画、彫刻、陶芸、版画、写真等およそ3,700点に及んでおり、日本の戦後美術の広い範囲をカバーする包括性を備えており、同時に寺田氏の個の視点に裏打ちされたユニークさも大きな特徴となっています。寺田氏の蒐集活動は「日本的なるもの」とは何か、またそれ以前の「人間とは何か」という問いを根底に置いており、そこには若き日に敗戦を迎え、その後の価値観の転換やさまざまな世相、社会の変転のなかで、たえず時流と距離を置きつづけた寺田氏自身の生き方、そして旺盛な好奇心と躍動する批判精神が色濃く反映しているのです。


本展は2018年11月に逝去した寺田氏を偲んで、コレクションの中核をなす作品を紹介しますが、ここではコレクションに掲げられたいくつかのテーマ、寺田氏がそこにかけた思いについて触れることにします。
まず寺田氏の自伝的な随筆『わが山河』(私家版、2008年)の冒頭から、印象的な一節を引いてみましょう。



昭和二十年八月十五日の敗戦は、人並みに軍国少年であった私に、測り難い衝撃を与えた。自失の日々はながいこと続き、今日に至るまで様々にかたちを変えて、遂に私の生涯を律し了(おわ)ったといえる。

寺田氏はさらにこの後の一節で「“日本とは何か”それ以前の“人間とは何か”をあらためて根底から問い直すところから私の戦後は始まった。」と述べています。
寺田氏の蒐集活動の出発点には、戦後一貫して詩情豊かな抽象絵画を描いた難波田龍起(1905-1997)との出会いがありました。目に見える現実を超えた自然の奥義、生命の根源へと向かう難波田芸術のダイナミズムが、寺田氏自身の人間存在への狂おしいまでの問いと共振したのだと思われます。そして、根底において合理主義的な欧米の抽象と一線を画して独自の道を求めた龍起の画業から、寺田氏は「東洋的抽象」という概念を着想し、それはやがて氏の蒐集を導くテーマのひとつとなっていったのです。

郭仁植《Work 86-KK》
郭仁植《Work 86-KK》
墨,和紙
199.0×300.0cm
1986
photo: 早川宏一


「東洋的抽象」のテーマのもと蒐集された作家には、白髪一雄、李禹煥、松谷武判、そして郭仁植や尹亨根など韓国の作家たちがいます。多くは、色彩よりも白と黒に代表される無彩色、ないし単色を主軸にした、切りつめた表現の作品です。ここには寺田氏が「東洋的抽象」とならんで蒐集のテーマに掲げた「ブラック&ホワイト」の視点がかかわってきます。これについて寺田氏は、「表現を究極的に推し進めていくと非表現にたどりついてしまうという考え」が自分にはあって、「表現と非表現が照応しあっているその動き」に惹かれると述べています[*1]。「ブラック&ホワイト」は、色彩嫌悪やミニマルな美への嗜好を意味するのではなく、ある種の「動き」を秘めた表現の豊かさを捉えることが主眼だったのです。



木村繁之《離園》
相笠昌義《日常生活:公園にて》
油彩,キャンバス
130.0 x 162.0cm
1973


寺田氏のコレクションには、抽象のみならず具象の作品も多く含まれますが、そこには氏の人間に対する眼差し、そして戦後の時空によこたわる現実に対する疑いと問いが、やはり濃密に投影されているといえるでしょう。ことに人物像は、舟越保武、長谷川潔らの清らかな聖なるイメージから、小嶋悠司、内田あぐりらのほの暗い情念を秘めたイメージまで振幅が激しく、寺田氏の聖と俗、あるいは清濁を併せ呑んだ複雑な人間理解が偲ばれます。難波田父子についで点数の多い相笠昌義については、文明批評的な眼差しと、市井の人々に向けられた健康で温かな眼差しの共存に、寺田氏は深く共感していました。麻田浩、智内兄助、川口起美雄、野又穫、藤野一友ら、ある種シュルレアリスム的な「幻想絵画」も大きな位置を占めています。寺田氏にとってそれらは、「単なる想像の世界ではなく、現実の秩序を壊すことで、物事の根源に迫るひとつの筋道」にほかなりませんでした。幻想絵画とは、「存在している現実世界への問いや疑いから出発している」のであって、「その意味では、抽象も同じであり、抽象と幻想とが裏表の関係にある」[*2]と寺田氏は喝破しています。



大野俊明《風の渡る道》
大野俊明《風の渡る道》
顔料,紙
160.0×390.0cm
1993
photo: 斎藤新

寺田氏が、日本の原風景ともいえる情景を描く日本画の蒐集にかけた情熱も、また忘れることができません。寺田氏は、社会の趨勢に対して批判的な距離を置く一方、武蔵野の自然を愛し、山野の逍遙を心の支えとして戦後という時代を生きました。寺田氏の自然と風土への愛は、民俗学や日本文化の古層をめぐる議論への関心とも結びついて深まり、ひるがえって戦後社会の経済優先がもたらした自然破壊と人心の荒廃への憂慮としても表明されました。
寺田氏は生前、コレクションを通して自分を表現したいのだと語っていました。終生青年のような好奇心を失わず、何事にも熱い視線を送りつづけた氏にとって、コレクションとは美的判断の問題である以前に、人間と社会について問いかけ、考えていくために無くてはならないものだったのです。

[*1]「コレクションにおける『私』性:寺田小太郎氏に聞く」、『東京オペラシティアートギャラリー収蔵品選』1999年、p.136
[*2]「コレクター寺田小太郎さんに聞く」、『アートコレクター』No.14、2009年6月、p.33

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景


■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4 寺田小太郎メモリアルギャラリー(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2019.4.20[土]— 6.23[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日、4月30日[火]は開館)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「トム・サックス ティーセレモニー」のチケットでもご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社
協力:相互物産株式会社


お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

開館日時

  • 2019年5月27日[月]
    休館日
  • 2019年5月28日[火]
    11:00 - 19:00
  • 2019年5月29日[水]
    11:00 - 19:00
  • 2019年5月30日[木]
    11:00 - 19:00
  • 2019年5月31日[金]
    11:00 - 20:00
  • 2019年6月1日[土]
    11:00 - 20:00
  • 2019年6月2日[日]
    11:00 - 19:00

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