収蔵品展061
なつかしき

2018.1.13[土]─ 3.25[日]

二川幸夫『日本の民家』より《簸川平野の農家 島根》ゼラチン・シルバー・プリント 24.7×24.3cm 1953-59
二川幸夫
『日本の民家』より
《簸川平野の農家 島根》
ゼラチン・シルバー・プリント
24.7×24.3cm 1953-59


東京オペラシティアートギャラリー収蔵の寺田コレクションは、寺田小太郎氏の美意識により形成されたユニークなコレクションとして知られています。寺田氏の収集活動は、「日本的なるもの」とは何か、という問いを根底に置いていますが、そこには、若き日に敗戦を迎え、その後の価値観の転換やさまざまな世相、社会の変転のなかで、たえず時流と距離を置きながら、わが国の自然を愛し、山野の逍遙を心の糧に生きてきた寺田氏自身の精神の軌跡が投影されています。今回の収蔵品展では、とくに寺田氏がなつかしさをもって振りかえる「子どものときの生活空間」や、あるいは「母親のふところみたいな感じ」と結びつく作品を寺田氏とともに選定しました。その構成は、川瀬巴水(1883-1957)、二川幸夫(1932-2013)、芝康弘(1970-)ら、時代もジャンルもまったく異なる作家たちの異色の組み合わせとなりました。だれもが抱いて生きている「なつかしさ」の感情について、コレクター自身の視点から探る試みと言えますが、同時に、現代社会における「原風景」のありかを考えるきっかけとなれば幸いです。


二川幸夫
『日本の民家』より
《千葉家住宅の居住部 岩手》
ゼラチン・シルバー・プリント
22.4×30.1cm 1953-59

展示はまず、二川幸夫による写真シリーズ「日本の民家」からの36点で始まります。早稲田大学で美術史を学んだ二川は、在学中の1950年代半ばに、同大学教授で建築史家の田辺泰に勧められて飛騨高山の古民家を訪ねたことをきっかけに、東北から九州、沖縄まで日本各地の民家を探訪し、カメラに収めました。約6年にわたる取材の成果は、1957年より、建築評論家の伊藤ていじの文章とともに『日本の民家』(全10巻、美術出版社、1957-1959年)として発表され、大きな反響を呼びました。注目されるのは、二川のカメラワークが、民家の建築としての構造や造形美を捉えると同時に、周囲の自然や風土、環境もふくめた生活空間としての民家を表情豊かに捉えていることです。二川が撮影を行ったのは、戦後日本の高度成長の前夜とでもいうべき時期であり、当時、被写体となった民家の多くはいまだ生活の場として使われていました。その後の開発と社会変動のなかでそれらの一部は失われ、多くは文化財として保存されましたが、その代償として実生活の場としての役割を終えることになりました。その意味で、二川が撮ったのは、まさに失われつつある日本だったと言えるでしょう。それらが寺田氏のいう「子どものときの生活空間」に重なってくるのは言うまでもありませんが、多くの人々にとっても、ある種の「原風景」として郷愁をさそうことでしょう。
「なつかしさ」にせよ、「原風景」にせよ、それは各人の個別的な実体験に強く裏打ちされていると同時に、ある種の集団性、共同性にも通じており、とくにイメージや言説の助けをかりて広まったり、継承されたりもします。また、それらは単に過去の産物であるのではなく、むしろ現在に対してわれわれがどのようなスタンスに立っているか、もっと言えばわれわれの現在の生き方とより深くかかわってもいます。寺田氏はそのことについて自覚的であり、本展の準備にあたり、「見る人に考えてもらいたい」と繰り返し述べていたのが印象的でした。

第2室の冒頭では、芝康弘を中心とする日本画家たちの作品を紹介します。芝康弘の11点の作品は、いずれも農村の田畑や無人駅を舞台に遊んだり、無心に佇んでいたりする少年たちを描いています。芝は自身の子どもたちをモデルにすることもあるといいますが、実直な写実を基本に、画面は優しく暖かな光と空気感に満たされており、季節や天候、時間帯までもが描き分けられています。駅舎の様子や子どもたちの衣服から、描かれた場面はあきらかに現代だと分かりますが、同時にどこかなつかしい思い出のようでもあり、あるいは夢幻的な気配さえ感じさせます。いずれにせよ、幼少期の野原での甘美な遊びの情景は、だれもが「原風景」として共感しうる普遍性を持ち得ていると言ってよいでしょう。それらは、寺田氏も認めるように、現在では「照れくさくてだれも描きそうにない」情景だとしても、寺田氏があえてそれに注目するのは、戦後という時代が人々の心や豊かな自然を切り捨て経済優先の道を歩んできたことに対する強い違和感と批判の表明にほかならないのです。


芝康弘
《声をさがしに》
顔料,紙
158.0×320.0cm 2017

展示の締めくくりは、川瀬巴水の木版画36点です。大正から昭和にかけて活躍した川瀬は、版元、彫り師、摺師との分業、協力体制によって江戸の浮世絵を現代に再生させる新しい浮世絵版画「新版画」の立役者でした。絵画的情趣をかき立てる風景を求めて日本中を旅し、各地の風景を忘れがたいイメージに定着させました。それらは、とりわけ海外で日本の典型的な風景として非常に高い評価を獲得しました。川瀬は、関東大震災後に登場する新しい都市景観も描いてはいますが、江戸以来の古き日本を思わせる風景をより多く制作しています。本展でも、そうした日本の原風景とも言える風景、とりわけ二川幸夫が捉えた日本の民家の情景とつながるような作品を中心に紹介しています。

われわれの生活空間やリアリティが、都市化は言うにおよばずデジタル環境の浸透などによっても大きな変容にさらされている現代において、人々が心にいだく「なつかしさ」や「原風景」も大きく変貌してゆくのでしょうか。そのあり方を考えることは、われわれの現在と未来を考えることにつながっていくでしょう。



芝康弘
《声をさがしに》(部分)

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2018.1.13[土]─ 3.25[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(2月12日[月]は開館/2月13日[火]は振替休館)、2月11[日](全館休館日)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「谷川俊太郎展」のチケットでもご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社


お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

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  • 2018年1月19日[金]
    本日の開館時間 11:00 - 20:00
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