収蔵品展060
懐顧 難波田龍起

2017.10.14[土]─ 12.24[日]

《生の記録:断章A》油彩,キャンバス 162.0 x 162.0cm 1995 photo: 斉藤新
《生の記録:断章A》
油彩,キャンバス
162.0 x 162.0cm 1995
photo: 斉藤新


収集家 寺田小太郎氏と難波田龍起との出会いは思いがけないものでした。1988年、東京都内にあった銀座アートセンターで難波田の小さな油彩3点を購入したことをきっかけに、翌年の同画廊における個展「石窟の時間」に足を運んだ寺田氏は、そこで発表された水彩画55点のうちの50点を求めます。これだけまとまった作品を散逸させてしまってはもったいない、という思いがありました。寺田氏61歳、難波田83歳の冬のことです。

東京オペラシティに美術館を設立する計画が進みつつあった当時、本格的に美術作品の収集を開始しようとしていた寺田氏は、この水彩との出合いをきっかけに難波田の作品コレクションを大きく加速させ、わずか数年のうちに油彩、水彩、版画、立体合わせておよそ400点を収集しました。
難波田龍起の没後20年にあたる今年、本展ではこの最初期のコレクションである50点の水彩画と、最晩年に描かれた《生の記録》のシリーズを中心に展示し、寺田氏が難波田と出会ってからの晩年の仕事に焦点をあてます。


《石窟の時間》
水彩,インク,紙
48.0 x 64.0cm 1988
photo: 斉藤新

水彩画50点は、1988年の5月25日から10月18日までのおよそ5ヶ月の間に集中して描かれました。50番目の作品のタイトル《石窟の時間》は当時の個展のタイトルでもあります。これはもとより難波田が1986年の中国旅行で訪れた敦煌の石窟から想を得たものといわれ(*1)、悠久の時の流れの中にあっても朽ちることのない、古代の美を連想させます。ここで難波田の師であった高村光太郎の教えである「生命の戦慄を内にもたないものは滅びる」(*2)という言葉が思い出されますが、古代の美、すなわち生命の戦慄を宿す敦煌の石窟が時を超えて現代にまでその生命をつなぐことに、画家は憧憬の念を抱いたのでしょう。


《メルヘンの世界》
水彩,インク,紙
49.0 x 64.0cm 1988
photo: 斉藤新

水彩にペンをまじえ、抑制された中にも豊かな色彩による奥行きが広がる《メルヘンの世界》、現実の風景と内的なイメージが混じり合う《遠い街の夢を見た》、緻密な線の集積から生まれる形象が上昇する人体、もしくは密集した木々を思わせる《野に解放しよう》をはじめとする個々の作品は、画家の内面の微細な振動を直截に伝える日々の記録である。画家のモノローグのような、とどまることのない思索の一部を切り取って提示したかのような作品タイトルは示唆的であるが、ここでは何が描かれているかよりも、内的なイメージが画面に表出するまでの時間、すなわち画家の思考がどう導かれたのかに思いをめぐらせてみたい。



《野に解放しよう》
水彩,インク,紙
23.0 x 32.0cm 1988
photo: 斉藤新

かつて難波田は著書『古代から現代へ』の中で「思索のデッサン」について言及しています。抽象へと移行した1950年代、新しい絵画の創造に意欲を燃やす一方で、その基盤を確かなものにすべく、難波田は抽象絵画についての思考を進めるための鍛錬、すなわち「思索のデッサン」を日記の中で積み重ねたのです。

僕は石を眺め、石を拾い、石を集めて思考してから、自然の考え方、自然の掴み方が違って来た。一片の石に自然の構造がある。ダイナミックな生命がある。

原始彫刻から僕は大いなる原始のイメージを描く。
原始彫刻と石の組み合わせ。(*3)

モンドリアンやカンディンスキーのような西洋の近代合理主義の上に立った抽象にみられる、ある種の非情さとは一線を画し、難波田は日本における独自の抽象絵画の思考を探究したといってよいでしょう。(*4)たんなる西洋の模倣ではなく、日本人として自らの伝統に回帰し、なおかつ現代を生きる画家として描きつづけること、そのことを難波田個人に引き寄せて考えるならば、独自の絵画思考とは、ありのままの存在=自らの生すべてをさらけ出して、描くことそのものに注ぎ込むことではなかったでしょうか。

寺田氏は、難波田への追悼文の中で難波田に対してこう述べています。「たやすく現代美術の潮流の中に位置づけてしまうには違和感があり、むしろ異端といえるほどに体温を感じ、多くの方が詩情と評される表象の内側に、生々しくも強固な志向があって、その血流を体感させることが、軽々に現代美術のくくりの中で見ることをためらわせるのだと思います」。 (*5)
作品を通して伝わってくる難波田の誠実さ、衒いのなさに、私たちはみずみずしい心と言葉をもって臨むことができるでしょうか。

難波田は生=存在の何たるかについて考えることをやめませんでした。寺田氏もまた、90 歳を迎えた今もなお、生と存在への問いかけを続けます。両者は対面の機会こそあれ、交わす言葉も少ないまま時が過ぎたといわれますが、両者の間に生まれた精神的な共鳴について思いを馳せずにはいられません。本展のタイトル「懐顧 難波田龍起」に付された「懐顧」は難波田との9年の歩みを振り返った寺田氏自身の言葉です。


(*1)正木基「難波田龍起の80年代」, 『難波田龍起画集』, 用美社, 1992年, p.199
(*2)難波田龍起「高村光太郎」, 『古代から現代へ』, 造形社, 1970年, p.261
(*3)難波田龍起「抽象絵画思考」, 前掲, pp.126-128
(*4)難波田龍起「東洋美術の抽象性について」, 前掲, pp.10-20
(*5)寺田小太郎「讃」, 『貝の火』,第7号(難波田龍起 追悼),月草社, 1998年, p.90

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2017.10.14[土]─ 12.24[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日
収蔵品展入場料:200円
(企画展「単色のリズム 韓国の抽象」のチケットでもご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社


お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

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  • 2017年10月19日[木]
    本日の開館時間 11:00 - 19:00
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