◎収蔵品展007
Oriental Abstruction
形なき東洋 ─ 難波田龍起と韓国の抽象
 
2001.4.4[水]― 6.17[日]
 
 

当館の収蔵品展では、寺田コレクションの中心的な作家として難波田龍起を続けて紹 介してきましたが、7回目の今回は、コレクションのテーマ「東洋的抽象」から、難 波田龍起とあわせて韓国の抽象絵画をご紹介しています。難波田作品を礎に始まった コレクションが、緩やかに「東洋的抽象」という流れを生み出し、そこで韓国人作家 の作品群に巡り合っている点に、コレクターの視点を含む時代の空気を感じ取ってい ただければと思います。


コンポジション赤
難波田龍起《コンポジション赤》
油彩、キャンバス/97.0×130.3cm
1988


キュビズムや幾何学的抽象に対抗し、自然発生的、直感的な要素を強調するアンフォ ルメルが、1950年、ミシェル・タピエによって提唱され、日本にも「サロン・ド・メ 展」(1951)や「世界:今日の美術展」(1956)などを通して盛んに紹介されまし た。当時の難波田も少なからぬ刺激を受けていますが、それは表現様式の直接的な追 従というよりはむしろ、開示された新しい絵画の可能性による日本的抽象への新たな 関心だったといえます。フォルムや構成へ依存するのではなく、形のないところに無 限の空間的広がりを創出するものや、単なる装飾に留まらない内面世界を奥深くに据 えた絵画を求め、その解答のひとつとして水墨画への深い関心を示していました。 1960年代以降はエナメルを垂らしたオートマティックな表現、青や赤褐色のオールオ ーヴァーな画面によって、独自の宇宙的空間の創出を試みますが、難波田がこの"宇 宙的無限の空間"にリアリティを感じたのは、1974~75年に二人の息子を相次いで亡 くしてからといってもよいでしょう。それ以降は「生と死」が大きなテーマとなり、 存在と非存在、見えるものと見えないものを"恰も天上から俯瞰するように"、いわ ば「生」の側に立って現世と来世の双方を描きつづけることで、亡き息子との繋がり を確認していたのかもしれません。70歳からの20余年間に、100号以上の大画面 に向 かって描く行為は、リズミカルな習慣的段階にまで昇華しました。


Work
郭仁植《Work》
彩墨、和紙/69.5×47.0cm
1985
無題 A
鄭相和《無題 A》
木版画、紙/41.5×30.5cm
1977


アンフォルメルや抽象表現主義の影響は、50年代後半の韓国にも及びました。戦前の 社会構造や価値観に替わる何かを希求する衝動は、世界各地で同時多発的に起こって いたものですが、欧米から生まれた新しい芸術運動を一旦は受容しながら、独自の文 化的土壌から別の花を咲かせずには、戦前の対西洋との主従構造を一掃できないとい う点において、韓国もまた日本と類似した状況下にあったといえるでしょう。しかし 一方では、日本植民地下の残像や国家の南北分断によるアメリカ的制度の導入など、 多層化・複合化する社会構造において、韓国としてのアイデンティティを求める衝動 は、日本におけるそれよりも一層強固なものであったと想像できます。その後、高ま る国際化の波のなかで1970年代に生み出された単色絵画(モノクローム絵画)は、韓 国が生み出した絵画の重要な潮流であり、それは現代にも流れています。本展の出品 作家では、韓紙を梳く段階で表面に起伏を描く朴栖甫(パク・ソボ)、キャンバスや 麻布に絵具をダイナミックに染み込ませる尹享根(ユン・ヒョングン)、単色の絵具 を小さなブロック状に丹念に描き自律したマチエールを創出する鄭相和(チュン・サ ンハ)らが、この単色絵画の世界の中心的な作家としてあげられます。また、次世代 に属す李仁鉉(リー・インヒョン)の、湿らせた和紙に絵具を滲ませるスタイルにも 精神的繋がりをみることができます。一方、和紙に彩墨で繭が重なり合うような美し い空間を描いた郭仁植(カク・インシク)、キャンバスに岩絵具でダイナミックな筆 触を残す李禹煥(リー・ウファン)は、いずれも日本で長い時間を過ごしており、韓 国と日本の双方を自身のなかに共存させることで、国の枠組みを超越する独自性に到 達した作家であるといえます。また、日本で生まれ育った尹煕倉(ユン・ヒチャン) の、陶土を焼成した砂状の画材による平面作品には、いわば触覚的な素材感や制作プ ロセスによる時間的広がりが内包されているようでもあります。さらに、日本在住を 経て現在パリを拠点にする崔恩景(チェ・ユンキョン)が描く透明度の高い色彩 の重 なりにも、色彩を越えた水や空気のような空間的奥行きが感じられます。 難波田龍起の希求した"日本的抽象"、韓国の戦後抽象絵画、いずれのテーマもきわ めて複雑な要素が絡み合っており、単純に語りきれるものではありません。ただ一方 で、自身の文化的土壌に立って、押し寄せる国際化の波打ち際にいた作家たち、その なかで新しい時代のアイデンティティを模索しようとした作家たちを包み込む何か を、同じく戦前から戦後への境界をまたいだコレクターの視点に重ね合わせることは できるでしょう。自己を見失わず他者を迎え入れるような凛とした姿勢、存在と非存 在の境界で沸き起こる胎動のようなものが、形としてではなく、存在そのものに感じ られる作品群に、静かに対峙してみてはいかがでしょうか。


From Winds03 From Winds02 From Winds01
李禹煥《From Winds》
岩絵具、油彩、キャンバス/227.0×486.0cm
1983


出品作家:崔恩景(CHOI Eun Kyong)、鄭相和(CHUNG Sang-Hwa)、李仁鉉(LEE In-Hyon)、李ミン(LEE Min)、李禹煥(LEE Ufan)、難波田龍起(NAMBATA Tatsuoki)、朴栖甫(PARK Seo-bo)、郭仁植(QUAC Insik)、尹熙倉(YOON Hee Chang)、尹享根(YUN Hyong-gon)(アルファベット順)


インフォメーション
期間:2001.4.4[水]― 6.17[日]
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、全館休館日
開館時間:12:00 ― 20:00(金・土は21:00まで、入館は閉館30分前まで)

入場料:一般\300(\200)、大学・高校生 \200(\150)、中学・小学生 \100(\50)
( )内は15名以上の団体料金、その他割引制度あり
企画展「汚名─アルフレッド・ヒッチコックと現代美術」展のチケットでもご覧いただけます。
 
主催:(財)東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命/ NTT都市開発/小田急電鉄
 
お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756