収蔵品展056 川口起美雄|野又穫 ふたつのアナザー・ワールド
川口起美雄《柔らかな隕石》テンペラ,油彩,板 130.2 x 162.0cm 1993 photo: 斉藤新

川口起美雄《柔らかな隕石》
テンペラ,油彩,板
130.2 x 162.0cm 1993
photo: 斉藤新


非現実を通して見る現実  川口起美雄と野又穫のまなざし

見慣れた風景に、ある日思いも寄らぬ非現実的なものが置かれている ── あるいは、目の前に広がった見知らぬ風景に、不思議な、しかしどこか懐かしい建築物がそびえ立つ ──。川口起美雄(1951-)と野又穫(1955-)の描く絵画には、架空の光景と一言で片付けることのできない、現実と地続きにある非現実とでも言うべき世界が広がっています。今回の収蔵品展は、当館のコレクションに外部からの借用を加えた拡大版として、ふたつの個展の形で開催します。「幻想」「空想」といった言葉とともに語られることの多い二人の絵画は、私たちが日ごろ無意識に境界を引いている想像の世界と現実のあわいをあらためて考えさせてくれるでしょう。


富田有紀子《641》油彩,キャンバス 65.2 x 65.2 cm, 2004 photo: 早川宏一

野又穫《世界の外に立つ世界 1》
アクリル絵具,キャンバス
145.5 x 97.0cm 1993
photo: 斉藤新

押江千衣子《オアシス》油彩,パステル,キャンバス 227.3 x 324.2 cm, 2001 photo: 早川宏一

野又穫《永遠の風景 17》
アクリル絵具,キャンバス
45.5 x 65.2cm 1988
photo: 早川宏一

第一室の野又穫によって精緻に描かれた建築は、いつ、どこで、誰が、なんのために建てているものなのか、その画面からはうかがい知ることができません。初期の《永遠の風景》では古代遺跡のような建造物がいまだ建設中といった趣きで表され、《境景》《世界の外に立つ世界》のシリーズでは大地と人工物がまるで巣をかけたように渾然一体となって描かれています。近年、その構造はより工業的で機械的なものに変わってきましたが、極めて写実的な描写にもかかわらず、どの建物にも具体的な用途や場所、時間を示す情報は見えないのです。ところが、不可思議なばかりのこの想像上の建築に、私たちはどこかで見たことがあるような懐かしさを感じてしまいます。野又の描く架空の建築は、私たちの現実と非現実の感覚を揺さぶり、今まで無意識に引いてきたその境界をまたがせます。
こうした感覚に身を委ねることができるのも、野又の描く建物には建築としての強度が備わっているからでしょう。東京藝術大学ではデザインを修めた野又に建築設計を学んだ経験はないものの、生まれ育った目黒の町工場や銭湯の煙突に魅了された少年時代に、建築のたたずまいを皮膚で捉え、覚えていました。建築家・建築史家の藤森照信は2007年に当館で個展を開催した際、長年愛着をおぼえていたという野又の作品を当館収蔵庫でまとめて目にし、「野又作品に描かれている建築はどれも、四方をぐるりとまわってみることができる。建築として成り立っているから、建物の向こう側に行ける」と指摘しました。キャンバスに立つ建築には野又が感覚的に身につけた構造の力が働いていて、そのことによって空想の建築は単なる絵空事に終わらない強度で観る者を誘い込みます。過去と未来のいずれの方向にも進む画面の中と「今ここ」の間を行き来できるということは、現実から空想の世界を眺めることに固定されず、空想の世界から現実を見渡す視点を得るということです。

 

第二室の川口起美雄の絵画もまた、静謐さの内に不可思議な現象が立ちのぼる幻想的な世界を擁しています。川口の場合、そのルーツはウィーンにあります。1974年から3年間留学したこの地でウィーン幻想派の画家ヴォルフガング・フッターに師事した川口は、西洋絵画の伝統の中に身を置き、ルネサンス期の混合技法を学びました。テンペラと油彩の丹念な塗りにニスが光る平滑な画面は、さながら世界を映し出す鏡のようにイリュージョンを生成させます。しかし、そこに描かれるのは見えるままの現実ではなく、不可解きわまりない光景です。茫漠とした平原や異国の雰囲気漂う室内に、唐突に現れたさまざまなモチーフ ── 全身に縄を巻いた馬やペリカン、宙に浮く隕石と柘榴の実、視線を合わせることのない裸の幼児たち ── が点在します。現実にはありえない配置でモチーフが組み合わされる手法は、超現実主義(シュルレアリスム)のデペイズマンを想起させます。実際、川口の学んだウィーン幻想派が超現実主義(シュルレアリスム)の系譜に連なることを考えると、モチーフの意外な組み合わせによって画面に異和を与えようとした超現実主義者(シュルレアリスト)と同じ意図を感じても不思議はありません。たしかに川口の描く画面には、あるべきところから切り離されたモチーフの発する不穏さがうごめき、空間には虚無が広がります。しかし、川口の絵画にもうひとつのデペイズマンをみるとすれば、それは鑑賞する私たちの姿でしょう。


川口起美雄《故郷を喪失したものたち》
テンペラ,油彩,板
90.0 x 90.0cm 1982
photo: 斉藤新

分解すると dé+pays(e)+ment(切り離す+国、故郷)となるフランス語のこの単語は、川口の初期の代表作《故郷を喪失したものたち》のタイトルと結びつき、その広漠とした虚無の空間は私たち人間の拠って立つ現実の不確かさを露わにします。当館コレクションの寄贈者である寺田小太郎氏がこの作品をはじめとする幻想的な作品に強く惹かれると語るのは、氏が幻想を「単なる想像の世界ではなく、現実の秩序を壊すことで、物事の根源に迫るひとつの筋道である」(*)と述べていることから分かるとおり、画面の中の不可思議さを通して現実の価値観を検証する、そのまなざしへの共感からではないでしょうか。

(*)「コレクター寺田小太郎さんに聞く」
『アートコレクターズ』No.14,生活の友社、
 2009年6月、p.33.

 
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2016.9.17[土]─ 11.23[水・祝]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「オランダのモダン・デザイン リートフェルト/ブルーナ/ADO」のチケットでも
ご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:ジャパンリアルエステイト投資法人

 

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)