収蔵品展055 はなのなかへ 2016.4.16[土]─ 7.10[日]
落田洋子《どうぞお入りください》油彩,キャンバス 53.0 x 40.9 cm, 1989 photo: 斉藤新

落田洋子《どうぞお入りください》
油彩,キャンバス
53.0 x 40.9 cm, 1989
photo: 斉藤新


変わるものと変わらぬもの 花の姿に読む精神

富田有紀子《641》油彩,キャンバス 65.2 x 65.2 cm, 2004 photo: 早川宏一

富田有紀子《641》
油彩,キャンバス
65.2 x 65.2 cm, 2004
photo: 早川宏一

押江千衣子《オアシス》油彩,パステル,キャンバス 227.3 x 324.2 cm, 2001 photo: 早川宏一

押江千衣子《オアシス》
油彩,パステル,キャンバス
227.3 x 324.2 cm, 2001
photo: 早川宏一

國破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

杜甫「春望」より


日ごと寒さのやわらぐとともに咲き始める花の姿は、厳しい冬の終わりと春の訪れの喜びを与えてくれます。すっかり自然と縁遠くなった現代の生活ではありますが、それでも私たちは花によって季節の巡りを知り、咲き誇る姿に魅了され、そのはかなさに人の世の無常を重ねます。花と向き合う時、私たちの心は古の人と変わらないのかもしれません。


本展の開催にあたり3,500点にのぼる当館の収蔵品をあらためて見渡したところ、花を描いた作品の存外多いことに驚かされました。開館当初にまとまって収蔵された初期のコレクションはもとより、その後毎年寄贈され続けているあらたな収蔵品の中にも、ジャンルを問わず花を描いた作品は枚挙にいとまがないのです。むろん、美術の歴史において花はモチーフとして洋の東西を問わず定番であり、日本画における花鳥画や西洋美術の風景画、静物画など、それぞれに分野を形づくるほど重要かつ好まれてきた対象なので、花の作品の豊富さは当館の収蔵品に限ったことではないでしょう。咲く花の美しさをいかに表すべきか、古今東西の画家は腐心し、その技を披露してきました。花の姿を写実的に描いたものから、その美を抽象的に表現しようとしたものまで、人を魅了する美しさを表したいという思いは普遍的なテーマとして受け継がれてきました。しかし、ここに出品された作品をはじめ当館のコレクションからあらためて感じるのは、花の美しさをありのままに表現した作品と同じほどに、そのはかなさ、妖しさ、荒々しさを表したもの、また花がなにかを象徴するものとして描かれた作品の多いことです。この特徴は、当館の収蔵品が寺田小太郎氏という一人のコレクターの収集で形成されたものであることを伝えるともに、コレクションとは一人の人の自然や芸術、人間の生きように対する姿勢のあらわれであることを示しています。


本展の第一室は油彩画や写真、版画の作品で構成されます。冒頭の落田洋子をはじめ、筧本生、川口起美雄、河原朝生らの描く画面はあたかも演劇空間のようです。それぞれの花はさしずめ画面上で繰り広げられるドラマの登場人物といったところでしょう。こうした役柄を演じられるのも、花が美そのものを象徴する存在であり、美が人の心を豊かにするのみならず、人をまどわせたり、狂わせたりといった魔力的な面を持つからこそなのです。花がこうした美の性質を背負うがゆえに、鑑賞者は緊張のみなぎる画面に惹きつけられ、ドラマの背景や展開に想像をふくらませてしまうのです。 つづく中川幸夫、前田朋子の写真作品はいずれも、花の美のはかなさと、命が終わる瞬間の暴力性を見せます。今日の花は明日の死があるからこそ美しいとすれば、花を愛でるという行為とは大いなる対立の最中で行われているということになるのでしょうか。ふとした感覚がこうした拮抗の上に成り立っていることの意外さを、二人の作品は荒々しくも鮮やかに伝えています。


稗田一穂《春の音》顔料,紙 183.5 x 363.0 cm, 2009 photo: 早川宏一

稗田一穂《春の音》
顔料,紙
183.5 x 363.0 cm, 2009
photo: 早川宏一

第二室は日本画の花で構成されますが、そのうちの約半数が桜を描いた作品です。いうまでもなく、日本において桜は古くから「花の中の花」として私たちの目を楽しませるだけでなく、精神深くに訴える絵画の主題でもあり続けてきました。古来さまざまに描かれてきた桜の風景に、現代の画家はどのように向き合い、挑んだのでしょうか。限られた展示スペースの中ではありますができるだけ多くの例を挙げてみました。日本画の作品群についても、当館コレクションの前述の特徴は色濃く感じられることでしょう。自然のさまをのびやかに描いた大野俊明や後藤順一らの作品がひとまとまりをなし、つづいて近藤弘明、稗田一穂、松本祐子の描く幻想的、象徴的な花の風景が並びます。写生的な描写と象徴的な表現の対比は、そのままコレクター寺田氏の自然観、人間観を示すものでもあります。長らく造園業に携わってきた寺田氏にとって、花は庭園を構成する不可欠な要素のひとつでした。氏が花を愛でるという時、その姿の美しさのみならず、植物としての特性を同時に見ているのです。その一方で、多感な学生時代を大戦中に送り、敗戦直後に価値観の大変換を経験したことで「日本的なるもの」を独自に探求することへと導かれた寺田氏にとって、花の絵画の収集とは、日本の精神を花に対する視点から探ろうとする姿勢のあらわれであるともいえるでしょう。花の象徴するものを通じて、人間を知ろうとする。花の姿に重ねるさまざまな思いを読むこと、それもまた、絵画の花を見るひとつの見方なのです。

 
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2016.4.16[土]─ 7.10[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(5月2日[月]は開館)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「ライアン・マッギンレー BODY LOUD !」のチケットでもご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:NTT都市開発株式会社

 

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)