収蔵品展054 寺田コレクションの陶 2016.1.16[土]─ 3.27[日] 鈴木治《泥象 馬・嘶く》陶 146.0 x 50.0x 26.0cm, 1990 photo: 斉藤新
鈴木治《泥象 馬・嘶く》

146.0 x 50.0x 26.0cm, 1990
photo: 斉藤新

現代陶芸は、戦後の数々の前衛的な試みを経て、伝統的な「やきもの」の枠をこえた、より自由な表現として、現代芸術のなかで重要な位置を占めるに至っています。土と炎という、世界を構成するもっとも基本的なエレメントから生みだされるそれらの作品は、自然の豊かさや厳しさ、そして人間との関係などへ深い関心を抱く寺田小太郎氏にとっても、大きな意味を持っています。本展は、寺田コレクションに収められた作品をとおして、現代陶芸の多様な世界を紹介します。

まず、寺田氏の陶コレクションのなかで中核的な位置を占めているのは、鈴木治(1926-2001)の作品です。鈴木は、1948年に京都で若手陶芸家5名によって結成された「走泥社(そうでいしゃ)」の創設メンバーの1人です。走泥社の作家たちは、陶芸にまつわる伝統やしきたりと決別すべく、従来の陶芸の前提であった器物としての用途を持たない、純粋な立体造形としての作品を打ち出し、戦後の「前衛陶芸」を牽引しました。しかし、彼らの作品がしばしば「オブジェ焼」と呼ばれることに対して、鈴木自身は強い違和感を持っていました。鈴木が求めていたのは、たまたま土を使っただけのオブジェや抽象彫刻ではありえず、なによりも土と向き合うなかから生まれてくる未知の何かでした。様々な試行錯誤と葛藤の末に、やがて鈴木が到達したのは、全体に赤い化粧土を施した独自の焼締めの作品群でした。それらは、轆轤(ろくろ)による成形に比べてより古代的・原初的な輪積み成形による中空構造を基本とし、その穏やかでおおらかな表情と極限まで整理された端正なフォルムには、彫刻とは異なる陶芸ならではの形態感覚を宿しています。本展で紹介する作品の多くは、この系列に属していますが、焼成時に破損を防ぐための空気穴を表現の一部として生かしている例もあり、そんなところも彫刻と異なる発想を感じさせます。形を考え、それに応じて素材を選択して用いるのが彫刻家だとすれば、陶芸家はまず素材を土に限定するところから出発し、土の制約と格闘し、土の可能性を引き出すなかから形を立ち上げてゆく・・・。好んで題名に掲げられている「泥象(でいしょう)」の語にも、そうした鈴木の信念は込められているでしょう。 山田光(1923-2001)は、鈴木とならんで走泥社の結成から1998年の解散までを支えた作家です。そそり立つ陶の壁体が示す強い垂直性は、厳格で理知的といわれる山田の作風の大きな特徴です。


荒木高子《点字の聖書》陶 18.5 x 44.0 x 39.0cm, 1985 photo: 斉藤新

荒木高子《点字の聖書》

18.5 x 44.0 x 39.0cm, 1985
photo: 斉藤新

荒木高子(1921-2004)は、絵画や彫刻の制作を経て陶芸へと向かい、早世した兄と弟の遺品に含まれていた聖書を読み返すうちに着想したという陶による聖書のシリーズが代表作となりました。陶で象られた聖書は、陶が持つはずの堅牢性、永続性を裏切るかのように、風化と崩壊の兆しを見せています。そこには現代社会において人間の置かれた位置が強く暗示されています。人間精神や現代文明を巡る諸問題の象徴的な表現という、陶芸にとって未知ともいえる表現領域が開かれています。

西村陽平(1947-)は、通常は燃焼によって灰となって崩壊するはずの本が、高温の窯で焼くとパイ状の塊となって残ることを発見し、本や雑誌を焼成して作品として発表してきました。荒木高子の場合と同じく本をモチーフとしていますが、その関心は物質の崩壊というよりも、物質の変容にこそ向けられており、その根底には、様々な事象や概念を認識する我々の感覚に対する問いが控えています。西村の土を使わない作品は、陶芸からの逸脱であるとも、陶芸の領域を拡大、更新する仕事ともいえるでしょう。


小川待子《97-I-I》陶 25.5 x 64.3 x 34.0cm, 1997 photo: 斉藤新

小川待子《97-I-I》

25.5 x 64.3 x 34.0cm, 1997
photo: 斉藤新

秋山陽《地質時代 10》黒陶,鉄 191.0 x 50.0 x 55.0cm  1993 photo: 斉藤新

秋山陽《地質時代 10》
黒陶,鉄 191.0 x 50.0 x 55.0cm, 1993
photo: 斉藤新

小川待子(1946-)は、伴侶とともに若き日を過ごしたアフリカの風土と陶芸技法を血肉として制作します。たえず大地との繋がりを意識し、原料を独自に調合したり、球体を用いるアフリカ仕込みの「叩き伸ばし」の技法を用いたりして成形された「うつわ」は、ときに「鉱物的」な美しさをたたえながら、意図的に加えられた欠けや割れ、変形や破損など、様々な破壊の痕跡をさらしています。それらはもはや実際的な容器としての用途は果たさないとしても、小川にとって問題は、あくまで「うつわ」が持つ「他者を受け入れる」という特性の豊かさであり、それ抜きにして陶芸の本質は語れないのです。


秋山陽(1953-)は、荒々しい表情とモニュメンタルなスケールによって、陶芸につきまとっていたある種の「置き物」的な性格を払拭し、早くから現代美術の領域でも注目を浴びてきました。とはいえ、土をバーナーで急速乾燥させて得られる亀裂を大きな動因に制作されるその作品は、あくまで素材である土と正面から向き合うなかから生まれてきたのであり、その意味で現代陶芸の正統を汲むといってよいでしょう。

八代清水六兵衞(1954-)は、精密な図面にもとづいて制作し、その作品は一見したところ金属でできた抽象彫刻に近い趣を持っています。しかし、様々な切れ込みによって強度を弱められた部分が焼成の際に見せる土の「たわみ」や「へたれ」が作品の形に取り込まれており、やはり土の特性に立脚した形が問題となっています。

以上、出品作家のごく一部に触れてきました。「陶芸」の意味や定義が不安定に揺れ動くなか、作家たちはより厳しく自問を重ねながら、それぞれの回答を紡ぎだしています。本展をとおして、現代陶芸の多様な成果、その豊かな混沌の一端を感じていただければ幸いです。

 
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2016.1.16[土]─ 3.27[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(3月14日[月]、21日[月・休]は開館/3月22日[火]は振替休館)、2月14日[日](全館休館日)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「サイモン・フジワラ ホワイトデー」のチケットでもご覧いただけます)

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社

 

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)